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台風一過 気持ちの良い朝

朝起きて窓を開けると、さわやかな秋空の下、気持ちの良い風が入ってきました。
ふと、野分たちて、という古い言葉を思い出し、たしか枕草子にあったのだったろうかと検索してみましたが、源氏物語 桐壺で出会った言葉だったようです。

「野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて」とありましたが、現代人が大騒ぎで対策を構えて台風を迎えるのとは異なり、野分の後の風情を楽しむ10世紀の日本人の心は豊かだったなあと感心する次第です。

とは言え、台風10号は東北や北海道に大きな被害をもたらしたようです。震災の復旧が十分でない東北や、今年何度も台風に襲われた北海道は、ともに大変お気の毒です。

長い間、雨に閉じこめられていたような感覚でしたが、ようやく解放されたような気分です。
蜘蛛はいち早く巣糸を張り替え、キアゲハやクロアゲハが飛び交い、10Cm以上ある大きなカマキリまで現れました。
不思議と野鳥が静かです。
この様な気持ちの良い朝は何度も経験できません。

朝ではありませんでしたが、8月上旬にロンドンに赴任して、下旬の土曜日の午後にはじめてゴルフに誘われました。
ゴルフの後ビールを飲みましたが、その時、肌に感じるさわやかさが、何ともいえず気持ちよかったことを覚えています。

10月に開かれる高校の同期会の案内が届きました。今年で卒業60周年になります。
2年に一度開催していましたが、これが最終回となる予定です。
一昨年は、同期生の3分の1は鬼籍に入っていて、3分の1は何らかの事情で参加しない人でしたが、今回はどうなるのでしょうか。
この様なことと考え合わせて、この様な良い朝をあと何回迎えられるのだろうかと思いました。
| 身辺雑話 | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
だらだらと人生の坂道を歩いて78年

(庭先の苔)
お陰様で、本日、78歳の誕生日を迎えました。
昨年は、喜寿ということで華やいだ気分でしたが、今年は、急に80歳に近づいたことを感じました。
昔であれば、そこそこの長生きの部類に入るのでしょうが、日本人男性の平均寿命は80.5歳(2014年)ですから、まだまだ頑張らないと人並みにはなれません。腹をこわして苦しんだ直後ですから、これから先を生きていくのは結構大変なのではないか、と若干気弱になっています(笑)。

一方では、厚労省によると、日本人男性の健康寿命は71.19歳(2013年)だそうですから、健康で78歳を迎えられていることは有り難いことなのではないかと思っています。事実、電車の中などで、私より年長に見える男性を見かけることはそう多くはなくなりました。
折角、これまでなんとか元気でいられたのだから、これを大事にしていきたいと思います。

前記事でご報告した腹こわしで診察を受けた時、医師がエコーを使って診察していましたが、頸動脈を診て、
「血管がすごく若いですね」
と言ってくれました。
私の4人の祖父母、母などが脳卒中で亡くなっているので、私は自分が脳卒中になる確率が多いと考えていました。が今回、血管が若いということは脳梗塞、脳溢血のリスクが少ないということを聞いて嬉しかったです。もしかしたら、元気な余生が送れるのではないかと期待したくなります。

振り返ってみると、60歳前後のそれぞれ5年位が、体力、智力ともに充実していた時期だったかな、と感じます。しかし、その充実していた時には、それを生かす場がありませんでした。日本全体が沈滞し、所謂「失われた20年」の最中でした。

2000年にリタイアーしましたが、それが偶々ネット普及の初期に当たり、新しい時代の幕開けでした。その少し前から触れていたパソコンのお陰で、辛うじてネット社会に参加することができました。
それ以降、新しい情報時代に浸って、ビジネス社会の束縛から離れることができ、自由で気ままな生活を送らせていただいています。
たまには良い記事もありますが、広告と発表ものが中心で、依頼原稿や外電などで埋めた新聞も購読を止め、ネットで自分の関心に従って情報を得て世の中の動きを判断することができる時代になりました。
この時代に余生を送れる喜びを感謝しなければなりません。

とは言え、徐々に感じる心身の衰えは否みようもありません。
まあ、力まずしなやかに、残された人生を送りたいと思います。
| 身辺雑話 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
はや弥生3月

寒い、寒いと言って身を屈めて過ごしていましたが、気がつくと、はや弥生は3月、冷たい風は吹いていますが暖かい日射しで、やはり春だなと感じます。
幸い、春を不快にする花粉症の症状が、加齢と共に軽くなっているように感じます。昔よりは、春を楽しめるようになった気がします。
梅は満開、芽を吹く直前の木々、桜の開花から五月初めの新緑にかけての百花繚乱の季節に向かっています。
こんな春を来年も迎えたい、できるだけ何回も迎えたいと願っています。

今年は、年一回の職場の同期会の幹事を仰せつかっています。
27名入社しましたが、そのうち8名が他界して、現在19名でやっております。
今年の参加者は16名で思ったより盛会となりそうです。地方や外国で生活している人は5名ですが、外国を含む3名が参加してくれます。
体調を理由に出られない人は1名で、皆元気に暮らしているようです。

学校関係の同期生では、何故か中高の友人たちの訃報が多いのが不思議です。少年時代からの付き合いですから、寂しいものです。
他界した友人たちのことを考えると、この様に、暖かい日射しの入ってくる部屋で、のんびりとネットライフを送っていることができるのは、幸せなことだと思います。

こんなこと、一昔前まで考えられませんでした。
私が、初めてホームページを作ったのが2000年でした。
それからブログの時代に入り、今はSNSが盛んです。
いろいろ変遷はありましたが、ネットが幅広くなり、様々なニーズを吸収して、大きく、便利になってきています。
私なぞは、そのごく一部分にしか参加していませんが、隠居生活を十分に豊かにしてくれています。

これからは、大した変化は起こりようもありませんが、細く、静かに、できれば長くこの様な暮らしを続けていければと思っています。
| 身辺雑話 | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
正月の感想

(小平霊園)
暖かい穏やかな正月でした。

老妻が、昨年11月末に末の妹を亡くして元気がないので、二人で倅夫婦のところへ行って正月を祝いました。

3日に、小平霊園にある妻の先祖の墓に参りしました。
年末から正月にかけてお参りした人が多かったと見えて、あちらこちらに花を供えた墓があったのが印象的でした。好天に恵まれて、ちょうど良い体慣らしになりました。
我が家では、昨年まで正月は、初詣には行かないで、先祖の墓に参ることにしていました。このことに拘るっていると、いつも運転手役の倅が、ゆっくりと正月を祝えないので、今年からこの様に変えようかなと思っています。

友人知人たちから送られてくる年賀状を見るのも、正月の楽しみです。
昔は手書きでしたから辛いものがありましたが、ワープロ時代に入ってからは作る楽しみ、もらう楽しみになってきました。
リタイアー後は、年賀状交換先も年々減少してきています。
死亡での減少に加えて、病気で年賀状交換ができなくなっているケースも多いようです。
今年も、主として高齢によって、これで最後にしたいという人が、何人か居ました。それでも元気であることが分かっている先輩方にはこちらからは送ることにしたいと思っています。

今年もらった年賀状で特筆すべきことには、国内政治に強い危機感を感じている方からの厳しい内容のものがいくつかありました。

たとえば、

「ヒットラー暗殺」暗殺という映画を見ました。選挙で選ばれたヒットラーが主権を国民から奪い、自由を制限し、戦争に突入していく恐ろしい過程も描かれており、日本でも同じようなことが起きているような気がします。<略>


<略>の部分には、秘密保護法、安保法(戦争法)、政府批判に対する言論統制、自粛などといった言葉も散りばめられていました。

もう一人、

気がかりは世界中で武力による報復の連鎖が続き、国内では軍事優先の強権政治がまかり通っていることです。余り国民をなめているとそのうち痛い目に遭うと思いますが。


前の方は60年安保世代、あとの方は60年、70年安保の中間世代で、何れも立派な学歴の方でした。

山口二郎という政治学者が、

「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」

と言ったとのことで話題になりましたが、一部の人たちが、安倍首相をヒットラーに擬していたこと併せて、反政権の人たちの発言が乱暴になってきました。
それらの影響が、私のところにくる年賀状にも出はじめました。

暖冬で、過ごしやすい冬ですが、年末年始に逝去された友人がいました。
高校の同期生で、それぞれ仲良く同じ大学に進学した二人の友人が、年末と正月に入って相次いで他界しました。

また、年賀状で知った2度目の脳梗塞を起こした友人を、電話で見舞いました。

元気でいられることは有り難いことだと思った正月でした。
| 身辺雑話 | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
謹賀新年
送信者 橘フォト3

明けましておめでとうございます。

  申年や逝きし親父の年数へ 酔生

53歳で逝去した亡父が申年だったので、年を計算してみたところ今年で108歳になります。
亡くなったのは、私が就職した年の秋のことでした。
人の命は分からないものです。
私の53歳といえば、その就職した会社を退職させられて、子会社に移されていました。何とも力の入れようもなく、妙な気分で仕事をしていました。
考えようによっては、私が志したビジネス人生は既に終わっていたようなものです。

倅は今年50歳になります。彼の祖父が亡くなった年に近づいていることを話さなければなりません。

私が一時所属していた証券界では、申年は、「騒ぐ年」とされています。
大晦日のエントリーでも書きましたようなことを前提にしますと、今年は、騒乱の年になりそうな予感がします。

今年もよろしくお願い申し上げます。
| 身辺雑話 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
大過ない一年だったが世界は混乱へ
送信者 橘フォト2015

暖冬ですが、武蔵野の冬木立は寒々しいですね。
今年も大晦日を迎えました。

振り返ってみると、近頃珍しく、元気に過ごせた一年でした。
2月に急性の胃腸炎を患って、すわノロウイルスにやられたかと思ったのですが、大したことはありませんでした。ここのところ毎年風邪を引いていましたが、今年は、逃れることができました。これが一番良かったことです。
空気の乾いている日が少なく、気温も暖かかったことが幸いしたのかもしれません。

そんなことで、声も順調で、コーラスの練習も楽しくできました。
今年の初めには、やっとの事でステージに立てたような感じで、今練習しているドボルザークのレクイエムが最後になるかもしれないと思っていました。
しかし、調子が悪くないので、今のところは来年のバッハロ短調ミサも参加しようかと考えています。

長男夫婦が近くに移り住んでくれたので、行き来がしやすくなったり、ハワイ旅行を共にしたりで、今年はファミリー交流の年でもありました。

そんなことで、まあ良い一年だったと考えています。

ところが、親族、友人たちがポツリポツリと亡くなっていく寂しさを感じた年でもありました。
これは、止むを得ないことですが、元気でいられる自分が幸運なのだと考えるようにしています。

世界は、どのようになっていくのか見当もつかない1年でもありました。来年は、もっと分からない年になりそうです。
完全にデフレ時代に入りました。
工業製品も、天然資源も、有り余っている時代に入りました。
いくら金融を緩和しても、デフレが進行していくようです。これまでになかった現象です。
FRBが利上げに入りました。来年も引き続いて少しづつ金利を上げていくのではないかと予想されています。この出口戦略は成功するのでしょうか。
いずれにしても、今後もデフレ時代は長く続きそうで、中国を初めとする発展途上国のダメージは相当に大きいものと予想されます。
独裁国家の軍事暴発が心配です。

日本は、輸出企業は円安を享受していますが、経済全体を引っ張っていく力はありません。
いくら円安でも、必要な労働力が確保できなければ、輸出もそんなに増えないのではないでしょうか。
経済を牽引するのは第3次産業ですが、日本はこの分野が苦手なのではないかと感じています。

日銀は、得意になってバズーカとかいって、金融の緩和で勢いをつけようとしていますが、効果は知れています。
東京五輪に向かって、超緩和の出口を見いだせないままになってしまうと、五輪後は不況のジンクスが待っています。対応手段のない大不況になるのではないでしょうか。
理想的には、早めに出口戦略に入り、五輪後に再び緩和したいところです。
何れにしても、金利機能の効かない経済は、異常な経済であることに、速く気がついて欲しいと思います。

日韓関係が、異常な興奮の下に越年しようとしていますが、韓国から反日を除いたら何が残るのだろうかと感じます。
反日でないと、国民の精神状態がおかしくなり、政府は立ち往生するでしょう。そして、思いも寄らない行動に出るのではないかと心配しています。

英国人旅行家イザベラ・バードの「朝鮮旅行 英国婦人の見た李町末期」を読みかけたところですが、1894年(日清戦争の年)、釜山から海路済物浦(現在の仁川)へ着いて、清国人の街、英、独などの教会、副領事館などを紹介したあと、

日本人居留地はこれよりも遙かに人口も多く、街も広くもったいぶっている。<略>街には小さな商店の並ぶ通りは何本か在るが、扱っている商品は主に自国の人々の需要を満たすものである。というのも<略>3世紀にわたる(豊臣秀吉の朝鮮出兵以来の)憎悪を抱いている朝鮮人は日本人が大嫌いで、おもに清国人と取引をしている<略>」

という表現が出てきます。
朴槿恵大統領が、日本に対する「1000年の恨み」と表現して日本人を驚かしました。
そして、何かと言えば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の恨みが続いていることにも驚かされました。
朝鮮出兵は、日清戦争の時には3世紀の恨みになっているのですから、現在では4世紀にわたる恨みです。そうであれば、現大統領が言う1000年の恨みもありということになりますね。
日韓関係は、いくら理屈で攻めても、修復は困難と考えた方が良さそうです。

デフレ時代に入って大変なのが、世界の工場と化した中国や工業化を目指してきた発展途上国と、資源輸出に頼っていた国々です。
中国の場合は、共産党独裁政権の維持が国家目標ですから、構造改革は遅々として進まないでしょう。
この国の巨大な過剰設備が、更に世界のデフレを圧迫し続けるのではないでしょうか。

中東や、ウクライナ、EU、中国内のことですがウイグル族の弾圧、そして民族大移動のような難民のラッシュを見ていると、つくづく世界は混乱期に入ったと思います。

どんな世界になっていくのか、来年はじっくり見させていただこうと思っています。
拙いブログにお付き合いいただいてありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。

| 身辺雑話 | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
人の死とはその人が存在しなくなること
送信者 橘フォト2015

縁の深かった人たちの死が、心に重い空白を残したり、羨ましいような幸せな暮らしをしていたと思っていた人が、実際は苦渋の終末を迎えていたのを知ったりして、人の死を考えさせられることの多かった年です。

この歳になると、友人たちがぽつり、ぽつりと他界していきます。
同い年の約3分の1は亡くなっています。
学校や職場で一緒だった同期生の場合には、知り合ってからの時間が長いので、私との交遊の側面からだけですが、その人の一生を4次元的に想像することができますし、年齢的にもやむを得ない、と割り切りができます。

しかし、身近な親戚の場合は、存在することが当然の感覚がありますから、突然に亡くなると、喪失感が大きくなります。
5日(土は、妻の末の妹の告別式でした。突然のことだったので驚きました。
上の「御文」(クリックすると拡大されます)は、浄土真宗東本願寺派の葬儀で配られたもので、お経のように導師が読み上げるのを聴いていると、600年前に生まれた蓮如上人(1415〜1499)の御製だそうですが、老いも若きも人の命のはかなさを語っています。
現在の私たちの心境をしっかりと表してくれています。

裏に現代文で大意が書かれていましたが、文語のリズムで読み上げられるのが、良かったと思います。若い人たちに分かるかなとも思いながら聴いていました。
中学や高校で、古文を習いますので、多くの人には大意が理解されることだと思います。

中国は、漢字を簡字体に代えてしまったので、識字率は向上しましたが、多くの中国人は、膨大な歴史的財産である中国の古典を読めません。簡字体で書き直されたものだけが読めるのでしょうが、独裁政権は、政権に都合の悪いことは簡字体に直すことは認めないでしょうから、いくらでも歴史を変えることができます。過去を奪われた民族です。
習近平の習の字は、上の羽冠の羽の半分だけで表示されます。彼のキャラクターも浮かびませんね。

南北朝鮮も同じです。
日本併合前は、漢字を使っていて、いわゆる漢文で書き記されていました。
併合後は、日本が普及させたハングルに漢字のキーワードを加えて、ハングル漢字交じり文でしたが、現在はハングルだけですべてを表示しています。
日本時代に戸籍が作られましたが、南朝鮮はそれを引き継いでいます。しかし、戸籍は漢字なので、戸籍通りに名前を書けない人が多いと聞いています。
この両国共、朝鮮の過去の書籍は読めないのは普通です。
中国と同じように、過去はいくらでもハングルで書き換えることができます。

我々は、中等教育で古文、漢文を習っているので、何とか過去の文献を読むことができます。しかし、日本語の変遷も速く、明治時代の文献が最も読みにくいように思います。
福沢諭吉の文章なども読みにくく、有名な人が読み違えていたのを見ました。
個人的には、最も読んでみたい古事記を読むのは大変です。

5〜600年前に残された文に感動して脱線してしまいました。
| 身辺雑話 | 15:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
梅雨の季節にあれこれと
送信者 橘フォト2015

梅雨の季節は、概して体調がよい。
湿度が高くなって、私の弱点である呼吸器系の状態がよい。声も良く出る。合唱の練習も楽しい。

昨日は、高一時代の友人5人で昼食会がありました。
高校、大学、職場などで、同じ年もしくはその前後の友人たちのの仲間の集まりがありますが、昨日の仲間は、皆元気です。一人も欠けていません。
幹事は私で、丸の内のテーブルクロスのないレストラン(笑)を予約してゆっくりしました。生憎雨降りで、久し振りのオフィス街散策はできませんでしたが、それぞれにとって、懐かしい地域であったようでした。

この季節、毎年、ウインブルドンのテニスがあります。彼の地の最高の季節です。
今年は、錦織選手の活躍が期待されましたが、故障で2回戦を棄権してしまいました。まだ若いのですから、じっくりと養生して、次の大会に備えて貰いたいと思います。

朝からTV見物していたなでしこジャパンの対イングランド戦準決勝は、相手のオウンゴールで辛勝しました。
体力の差もあって、やや押され気味の試合でしたが、なでしこの粘り強い戦いがこの結果をもたらしたのだと思います。イングランドは強かったと思います。
ファイナルのアメリカ戦では、なでしこは、イングランドのためにも頑張らなくてはなりません。

少し前の話になりますが、エルマウサミットに於ける安倍首相のリード振りを産経が報道しています。反安倍政権のメディアはこの様な報道は絶対にしませんが、産経ならではの記事ではないでしょうか。一部をピックアップします。

7、8両日にドイツ南部のエルマウ城で開かれた主要国首脳会議(サミット、G7)に関し、討議の詳細なやり取りの全体像が28日、複数の政府関係者の証言で判明した。安倍晋三首相が中国の野放図なインフラ投資の実態を具体的に紹介し、他の首脳も同調した。安倍首相は中国との経済関係偏重を戒め、G7の議論をリードした。

「アフリカにおける中国の援助は、アフリカの人々のために本当に役に立っているのだろうか」

 各国首脳が自国の成長戦略を語り合う中、世界の経済成長を阻む要因として腐敗の問題が話題に上ると、安倍首相はすかさずこう指摘した。

さらに「中国はアフリカやアジアの腐敗の温床になっている。援助先の高官に賄賂が贈られている問題を皆さんもご存じでしょう。経済利益があっても、G7が片目をつむってはいけない」とたたみかけた。

「中国はフィリピンが『いらない』と言うのに金を貸し付け、南シナ海でトラブルが起きると『すぐに全額返せ』と言ってきた」

 「ミャンマーで『難工事になるから無理だ』というのに、無理やりお金を貸し付けて山奥にダムを造らせて、結局途中で工事は中断してしまった」

その上でAIIBに関し「一件一件きちんと審査しないし、環境や人権に配慮しないのではないか」と問題提起した。

 AIIBにすでに参加表明した一部首脳は「わが国は日和見だった」と釈明。議長国ドイツのメルケル首相は「G7でAIIBに入っていないのは日本と米国とカナダ。自分たちは入ってしまった」とこぼした。

 ただ、安倍首相はここで矛を収め、「AIIBに入った国も事情があったと思う。中と外という立場はあるが、お互いAIIBのガバナンスをきちんとさせよう」と提案する。これで欧州の首脳らも面目を保ち、「なるほど」と同意した。


日本では、安全保障の法案審議で安全保障が議論されていない状態が続いています。
議会のレベルは国民のレベルですから、これは国民の問題ですが、安全保障は、常識をベースに議論しなければなりません。
公明党がつけた注文が、分かりにくくなった原因ですが、自民党の一部議員の非常識も大いに反省の必要があります。
誰も考えてもいなし、必要性もないし、実現の可能性が全くない徴兵制などを持ち出して、進行妨害する民主党は論外です。
日本を守ることに焦点を集めれば、議論は簡単です。

来年のサミットは、伊勢志摩サミットですが、G7+ロシアまで持って行けたら大したものだと思いますが、米国,EU諸国との関係でどうでしょうか。
日本にとっては、対露関係は重要です。この一年を上手に使いたいところです。
| 身辺雑話 | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
紫陽花(アジサイ)
送信者 橘フォト2015

                                  
梅雨の季節に入りましたが、雨と高湿度の我が国の不快指数の高いこの季節に、目を和ませてくれるのがアジサイです。
不思議な魅力のある花で、私は好きです。狭い我が家の庭にも3種ほどあり、これが開き色づくといよいよ梅雨だなと思います。

アジサイはイギリスでもヨーロッパでも見かけます。
南米ブラジルでも見かけました。
そこで調べてみたのですが、もともとは日本の花。我が家にもありますがガクアジサイ(写真)が原種で、これが中国経由で18世紀のイギリスに入ったそうです。
ヨーロッパで品種改良が行われ、昭和に入ってセイヨーアジサイとして逆輸入されました。
特に戦後にブームになり、全国に広まったということです。

アジサイのある風景は、意外と戦後のことだったのですね。

ガクアジサイもなかなか味がありますが、様々な種類、色が開発されて楽しいですね。ヨーロッパを経由して大変魅力を増して戻ってきました。
最近柔道が面白くなってきましたが、欧米の人たちの参加でスピードのあるゲームに変わりました。
観る人にとって一段と面白いスポーツへと脱皮したように思います。
国際化とか、グローバル化ということはこうでなくてはいけませんね。

アジサイについて一つ面白いことがあります。
サンパウロで見たアジサイはやはり今頃咲いていました。南半球ですから季節は逆です。春から夏にかけての花アジサイが、秋から冬にかけての花に変わってしまいました。5〜6月頃に咲くというリズムが南半球へ移されても頑固に守られているようです。
こんなこともあり得るのですね。

***

この記事は、2001年6月にHPに書いたものです。
保存を兼ねて、ここにリライトしました。
| 身辺雑話 | 15:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
この国の至福の季節
送信者 橘フォト2015

1972年のこの季節に、中南米の長い出張から帰国しました。

新緑、百花繚乱、温かい日差し、さわやかな空気など素晴らしい気候でした。日本人に生まれて、いや、人間に生まれて良かったと感じました。
どの地域にも、一年の中で一番良い季節があるでしょう。しかし、これ以上に素晴らしい気候が他にあるでしょうか。

サンパウロの初夏もさわやかで素晴らしかったです。
ロンドンの5月、6月も良かったです。欧州全体がこの季節が最高です。
残念ながら、日本のこの季節は短いですが、私が経験した中では最高です。

安倍首相が、訪米に出発します。

1984年5月上旬に米国に出張しました。
東海岸では、ドックウッド(アメリカハナミズキ)が随所に咲いていました。遠くから見ると、日本の桜のようにも感じました。空気もさわやかでした。
ロサンゼルスでは、街路樹のジャカランダが咲いていました。

首相の強行軍は、健康面が心配ですが、良い季節の訪米だと思います。
政治家の出張は、全力投球の勝負ですから大変です。
首脳会談、議会演説と、今後10年、20年、或いはそれ以上の期間の日本の運命を決める訪米になるでしょう。
成功を祈るのみです。
| 身辺雑話 | 16:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
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