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君の名は。


映画「君の名は。」を観ました。

私は、ほとんど映画を観ません。
しかし、この映画の評判が余りにも良く、アジアや中国でもの凄い受け方をしている、と報道されているので、今の世相を垣間見るつもりで映画館に向かいました。
平日の午後であったためか、ほとんどがシルバー料金ではないかと思われる観客で、40%くらいの入りでした。

TVで監督は、
「何故この様に受けたのか?」
という質問に対して、
「ストーリーだと思います」
といっていたように記憶していますが、私のような老頭児(ロートル)には、そのストーリーが難解でした(笑)。

ファンタジックな高校生のラブストーリーが、都会と田舎のコントラストのなかで進み、避けようもない天災をしっかりと真ん中に置いています。
美しい都会と田舎、彗星など画像はは素晴らしいものでした。
都会の大人は全く登場せず、登場する大人は少女の家族を中心に、田舎の人だけです。それがこの映画に落ち着きを与えています。

私が高校生の時に、「君の名は」が、国民的なTVドラマでした。戦後の混乱が背景にありました。
時代が変わったことを感じます。

馬齢を重ねている間に、現実を見過ぎたのでしょうか。
これを見て涙を流す人たちとは、全く違う世界に置いて行かれてしまったのでしょうか。
複雑な気持ちで映画館を後にしました。

| 身辺雑話 | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
年賀状準備の時期

年賀状の準備にかかる季節です。
毎年年賀状を交換していた人から、年賀欠礼状が届くのもこの頃です。
同世代の人からの親の逝去に伴う知らせは、さすがに減ってきましたが、本人もしくは配偶者の他界に伴うものが増えてきました。いずれにしても、その方々の生活の変化を知らせていただいたもので、しっかりと記録しておくことにしてます。
友人の奥方から、ご丁寧に欠礼の挨拶を戴くと、改めて今年この世を去った人を想い偲ばされます。

先輩方を中心に、今後年賀状を出状しないとする連絡を貰っている人も増えてきました。
それでも、お元気なことが分かっていて、日頃お世話になっている方には、こちらからはお送りさせています。

何年もお会いしていない方との年賀状交換は、お互いに元気であることの知らせともなりますので、続けたいと思っています。

PCが使えるようになって、最初に買ったアプリが年賀状ソフトだったように思います。
これによって、年賀状作成、管理が格段に簡単になり、昔のような年末の奮闘は必要なくなりました。むしろ、年賀状作成が楽しみの一つになってきました。この歳になっても多くの友知人との年賀状によるご挨拶を続けていられる所以です。

年賀葉書の販売枚数が減ってきているようですが、様々なコミュニケーションツールを使いこなす年代層には、徐々に年賀状放れがおきることが想像できます。
私たちの世代が少なくなると、年賀状も少なくなってくるのではないかと思います。
| 身辺雑話 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
ついにトランプ大統領の登場

(崖から流れ出る水を野川に送る)

メディアや評論家が、クリントン大統領誕生を疑っていなかったところに、彼らが忌み嫌っていたドナルド・トランプ氏が、次期米国大統領に決まったようです。

大統領選挙中の彼の言動からは、彼がどのような大統領になるのか想像も出来ません。
従って、世界中が、彼が大統領就任後、何をするのかに大きな関心が集中することでしょう。

米国に近い国ほど大きな影響を受けるかも知れません。
我が国も、大変です。

民主党のサンダース候補が、クリントン候補を苦しめ、一方、共和党は、泡沫ではないかと思われたトランプ候補が独走していました。

この3月8日の記事で、

自由、平等を重んじ、全ての人たちにチャンスが与えられ、能力に応じて成功できる社会と思っていた米国で、いわゆるエスタブリッシュメントたちが最も嫌う社会主義者や、国民の本音を刺激して人気を得る有力候補者が出てきたのはどうしてでしょうか。

と書きましたが、この選挙戦、この構図のまま進んできました。

米国のフツーの国化が進んでいます。

安全保障、自由貿易など、我が国にとって重要な国益を見直す必要が出てきました。

前にも書きましたが、世界中で社会が流動化というか液状化し出しています。

それにしても、米国のエスタブリッシュメントや、それに追随するメディアが、米国社会の変化に付いて行けなかったことが明らかになりました。

日本も同じような状況ですがですが、メディアのおごりにも鉄槌が下されました。
| 身辺雑話 | 18:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
高校卒業60周年懇親会

昨夜は、十五夜でした。
月齢のことはよく分かりませんが、今夜がが満月だそうです。

この一週間は、何故か長く感じました。

8日(土)、9日(日)両日は、合唱団エルヴィオソーヌスの合宿練習でした。
毎年のことですが、これが我々高齢者にとっては辛い練習です。
東武東上線武蔵嵐山駅徒歩15分の国立女性教育会館に9時半に集合、10時〜12時、13時〜17時、18時〜20時と練習があります。各インターバルで10分程度の休憩が入りますが、集中を維持するのが大変でした。
21時から懇親会がありますが、私たち夫婦はそれをキャンセルして休みました。
翌日は9〜12時、13時から16時まで練習して解散となりました。

今年は、バッハのロ短調ミサ曲ですが、この曲は随分聴かされてきたように思います。従って多くのメンバーが2回目以上の挑戦のようで、はじめて唱う我々はついて行くのが大変です。
難しいと言われていましたが、想像以上の難曲で、2月10日の演奏会までに、身体に染みこませるのが大変です。一回経験しても、未消化でもう一度と考える人が多いのかな、とも想像しています。

帰途、二人ともほとほと疲れたので、息子夫婦に電話して寄り、夕飯を食べさせて貰いました。
まあ、良い家族懇談の機会にはなりましたが。

この疲れ、意外ととれず、その後の日々をだらだらと過ごしてしまいました。

14日(金)は、高校卒業60周年の集まりがありました。

定刻の10分前に着いたのですが、既に沢山の人が集まっていました。

中高一貫校で、355人卒業して、その日集まった人は約80名、他界した人が約90名、その他は欠席、返信なし、連絡不能者とのことでした。

2年毎に開いていたこの会ですが、皆、78〜9歳となりました。
外見の印象は、背が縮み、少し痩せた人が多かったように見えました。全体として、皆、歳を採ったな、と感じました。自分も同じように見えるのだろうと思いました。
クラスは毎年組み替えられるので、多くの人が一度は同じクラスのなります。その過程で親しい友人が出来ていきます。
改めて、人格形成期の6年間を同じカルチャーの中で過ごしたことの良さを感じました。

この会は、同じ幹事グループが幹事を務めていましたが、亡くなる人もいて、現幹事は今回で引退となりました。今回が最後となるかも知れません。
そう思うと、皆元気でいてくれよ、という気持ちでの歓談となりました。

乾杯の発声は、遠路アメリカから駆けつけたメンバーが務めました。
「長生きしよう!」
と唱和させました。
その後司会者が、「長生きしても、人に迷惑をかけないように」
と締めました。
| 身辺雑話 | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
「敬老のつどい」に初参加

市と社会福祉協議会主催の「敬老のつどい」に参加しました。
77歳以上の市民に案内しているとのことでしたが、昨年は参加していないので初参加です。

市長、社会福祉協議会会長、市議会議長などの祝辞、警察、消防署などからの注意喚起、女声コーラス、漫談、漫才などの演芸などの余興もありました。コーラスの最後には、全員で「青い山脈」を歌いました。

市には、16663名の喜寿以上の老人が居るそうです。市民の約9%に当たります。
約700名が収容できる公会堂を利用して、地域毎に5回に分けて開催したそうです。

参加者の中では、最も若手に属するという最近では珍しい体験をしましたが、市民の平均寿命は、男女とも国の全体を2〜3歳上回っています。男性は84.5歳とか。皆さん元気なのだなあ、と感服した次第です。

地域の活動には殆ど参加していないので、知らない人ばかりでしたが、同窓の元外交官M君に会いました。
彼は昨年も参加したそうです。
今年は、市のテニス大会シングルに出場すべく、練習に励んでいるとのこと、う〜ん、負けているなあ、と感じました。

このつどいには、多くの市民ボランティアが参加していました。
中学生も参加していました。
M君に声をかけたら、私がボランティアをやっているのかと勘違いしたようでした。

まあ、これからの自分の展望の一助になったような気がしました。
| 身辺雑話 | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
台風一過 気持ちの良い朝

朝起きて窓を開けると、さわやかな秋空の下、気持ちの良い風が入ってきました。
ふと、野分たちて、という古い言葉を思い出し、たしか枕草子にあったのだったろうかと検索してみましたが、源氏物語 桐壺で出会った言葉だったようです。

「野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて」とありましたが、現代人が大騒ぎで対策を構えて台風を迎えるのとは異なり、野分の後の風情を楽しむ10世紀の日本人の心は豊かだったなあと感心する次第です。

とは言え、台風10号は東北や北海道に大きな被害をもたらしたようです。震災の復旧が十分でない東北や、今年何度も台風に襲われた北海道は、ともに大変お気の毒です。

長い間、雨に閉じこめられていたような感覚でしたが、ようやく解放されたような気分です。
蜘蛛はいち早く巣糸を張り替え、キアゲハやクロアゲハが飛び交い、10Cm以上ある大きなカマキリまで現れました。
不思議と野鳥が静かです。
この様な気持ちの良い朝は何度も経験できません。

朝ではありませんでしたが、8月上旬にロンドンに赴任して、下旬の土曜日の午後にはじめてゴルフに誘われました。
ゴルフの後ビールを飲みましたが、その時、肌に感じるさわやかさが、何ともいえず気持ちよかったことを覚えています。

10月に開かれる高校の同期会の案内が届きました。今年で卒業60周年になります。
2年に一度開催していましたが、これが最終回となる予定です。
一昨年は、同期生の3分の1は鬼籍に入っていて、3分の1は何らかの事情で参加しない人でしたが、今回はどうなるのでしょうか。
この様なことと考え合わせて、この様な良い朝をあと何回迎えられるのだろうかと思いました。
| 身辺雑話 | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
だらだらと人生の坂道を歩いて78年

(庭先の苔)
お陰様で、本日、78歳の誕生日を迎えました。
昨年は、喜寿ということで華やいだ気分でしたが、今年は、急に80歳に近づいたことを感じました。
昔であれば、そこそこの長生きの部類に入るのでしょうが、日本人男性の平均寿命は80.5歳(2014年)ですから、まだまだ頑張らないと人並みにはなれません。腹をこわして苦しんだ直後ですから、これから先を生きていくのは結構大変なのではないか、と若干気弱になっています(笑)。

一方では、厚労省によると、日本人男性の健康寿命は71.19歳(2013年)だそうですから、健康で78歳を迎えられていることは有り難いことなのではないかと思っています。事実、電車の中などで、私より年長に見える男性を見かけることはそう多くはなくなりました。
折角、これまでなんとか元気でいられたのだから、これを大事にしていきたいと思います。

前記事でご報告した腹こわしで診察を受けた時、医師がエコーを使って診察していましたが、頸動脈を診て、
「血管がすごく若いですね」
と言ってくれました。
私の4人の祖父母、母などが脳卒中で亡くなっているので、私は自分が脳卒中になる確率が多いと考えていました。が今回、血管が若いということは脳梗塞、脳溢血のリスクが少ないということを聞いて嬉しかったです。もしかしたら、元気な余生が送れるのではないかと期待したくなります。

振り返ってみると、60歳前後のそれぞれ5年位が、体力、智力ともに充実していた時期だったかな、と感じます。しかし、その充実していた時には、それを生かす場がありませんでした。日本全体が沈滞し、所謂「失われた20年」の最中でした。

2000年にリタイアーしましたが、それが偶々ネット普及の初期に当たり、新しい時代の幕開けでした。その少し前から触れていたパソコンのお陰で、辛うじてネット社会に参加することができました。
それ以降、新しい情報時代に浸って、ビジネス社会の束縛から離れることができ、自由で気ままな生活を送らせていただいています。
たまには良い記事もありますが、広告と発表ものが中心で、依頼原稿や外電などで埋めた新聞も購読を止め、ネットで自分の関心に従って情報を得て世の中の動きを判断することができる時代になりました。
この時代に余生を送れる喜びを感謝しなければなりません。

とは言え、徐々に感じる心身の衰えは否みようもありません。
まあ、力まずしなやかに、残された人生を送りたいと思います。
| 身辺雑話 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
はや弥生3月

寒い、寒いと言って身を屈めて過ごしていましたが、気がつくと、はや弥生は3月、冷たい風は吹いていますが暖かい日射しで、やはり春だなと感じます。
幸い、春を不快にする花粉症の症状が、加齢と共に軽くなっているように感じます。昔よりは、春を楽しめるようになった気がします。
梅は満開、芽を吹く直前の木々、桜の開花から五月初めの新緑にかけての百花繚乱の季節に向かっています。
こんな春を来年も迎えたい、できるだけ何回も迎えたいと願っています。

今年は、年一回の職場の同期会の幹事を仰せつかっています。
27名入社しましたが、そのうち8名が他界して、現在19名でやっております。
今年の参加者は16名で思ったより盛会となりそうです。地方や外国で生活している人は5名ですが、外国を含む3名が参加してくれます。
体調を理由に出られない人は1名で、皆元気に暮らしているようです。

学校関係の同期生では、何故か中高の友人たちの訃報が多いのが不思議です。少年時代からの付き合いですから、寂しいものです。
他界した友人たちのことを考えると、この様に、暖かい日射しの入ってくる部屋で、のんびりとネットライフを送っていることができるのは、幸せなことだと思います。

こんなこと、一昔前まで考えられませんでした。
私が、初めてホームページを作ったのが2000年でした。
それからブログの時代に入り、今はSNSが盛んです。
いろいろ変遷はありましたが、ネットが幅広くなり、様々なニーズを吸収して、大きく、便利になってきています。
私なぞは、そのごく一部分にしか参加していませんが、隠居生活を十分に豊かにしてくれています。

これからは、大した変化は起こりようもありませんが、細く、静かに、できれば長くこの様な暮らしを続けていければと思っています。
| 身辺雑話 | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
正月の感想

(小平霊園)
暖かい穏やかな正月でした。

老妻が、昨年11月末に末の妹を亡くして元気がないので、二人で倅夫婦のところへ行って正月を祝いました。

3日に、小平霊園にある妻の先祖の墓に参りしました。
年末から正月にかけてお参りした人が多かったと見えて、あちらこちらに花を供えた墓があったのが印象的でした。好天に恵まれて、ちょうど良い体慣らしになりました。
我が家では、昨年まで正月は、初詣には行かないで、先祖の墓に参ることにしていました。このことに拘るっていると、いつも運転手役の倅が、ゆっくりと正月を祝えないので、今年からこの様に変えようかなと思っています。

友人知人たちから送られてくる年賀状を見るのも、正月の楽しみです。
昔は手書きでしたから辛いものがありましたが、ワープロ時代に入ってからは作る楽しみ、もらう楽しみになってきました。
リタイアー後は、年賀状交換先も年々減少してきています。
死亡での減少に加えて、病気で年賀状交換ができなくなっているケースも多いようです。
今年も、主として高齢によって、これで最後にしたいという人が、何人か居ました。それでも元気であることが分かっている先輩方にはこちらからは送ることにしたいと思っています。

今年もらった年賀状で特筆すべきことには、国内政治に強い危機感を感じている方からの厳しい内容のものがいくつかありました。

たとえば、

「ヒットラー暗殺」暗殺という映画を見ました。選挙で選ばれたヒットラーが主権を国民から奪い、自由を制限し、戦争に突入していく恐ろしい過程も描かれており、日本でも同じようなことが起きているような気がします。<略>


<略>の部分には、秘密保護法、安保法(戦争法)、政府批判に対する言論統制、自粛などといった言葉も散りばめられていました。

もう一人、

気がかりは世界中で武力による報復の連鎖が続き、国内では軍事優先の強権政治がまかり通っていることです。余り国民をなめているとそのうち痛い目に遭うと思いますが。


前の方は60年安保世代、あとの方は60年、70年安保の中間世代で、何れも立派な学歴の方でした。

山口二郎という政治学者が、

「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」

と言ったとのことで話題になりましたが、一部の人たちが、安倍首相をヒットラーに擬していたこと併せて、反政権の人たちの発言が乱暴になってきました。
それらの影響が、私のところにくる年賀状にも出はじめました。

暖冬で、過ごしやすい冬ですが、年末年始に逝去された友人がいました。
高校の同期生で、それぞれ仲良く同じ大学に進学した二人の友人が、年末と正月に入って相次いで他界しました。

また、年賀状で知った2度目の脳梗塞を起こした友人を、電話で見舞いました。

元気でいられることは有り難いことだと思った正月でした。
| 身辺雑話 | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
謹賀新年
送信者 橘フォト3

明けましておめでとうございます。

  申年や逝きし親父の年数へ 酔生

53歳で逝去した亡父が申年だったので、年を計算してみたところ今年で108歳になります。
亡くなったのは、私が就職した年の秋のことでした。
人の命は分からないものです。
私の53歳といえば、その就職した会社を退職させられて、子会社に移されていました。何とも力の入れようもなく、妙な気分で仕事をしていました。
考えようによっては、私が志したビジネス人生は既に終わっていたようなものです。

倅は今年50歳になります。彼の祖父が亡くなった年に近づいていることを話さなければなりません。

私が一時所属していた証券界では、申年は、「騒ぐ年」とされています。
大晦日のエントリーでも書きましたようなことを前提にしますと、今年は、騒乱の年になりそうな予感がします。

今年もよろしくお願い申し上げます。
| 身辺雑話 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
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