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ついにトランプ大統領の登場

(崖から流れ出る水を野川に送る)

メディアや評論家が、クリントン大統領誕生を疑っていなかったところに、彼らが忌み嫌っていたドナルド・トランプ氏が、次期米国大統領に決まったようです。

大統領選挙中の彼の言動からは、彼がどのような大統領になるのか想像も出来ません。
従って、世界中が、彼が大統領就任後、何をするのかに大きな関心が集中することでしょう。

米国に近い国ほど大きな影響を受けるかも知れません。
我が国も、大変です。

民主党のサンダース候補が、クリントン候補を苦しめ、一方、共和党は、泡沫ではないかと思われたトランプ候補が独走していました。

この3月8日の記事で、

自由、平等を重んじ、全ての人たちにチャンスが与えられ、能力に応じて成功できる社会と思っていた米国で、いわゆるエスタブリッシュメントたちが最も嫌う社会主義者や、国民の本音を刺激して人気を得る有力候補者が出てきたのはどうしてでしょうか。

と書きましたが、この選挙戦、この構図のまま進んできました。

米国のフツーの国化が進んでいます。

安全保障、自由貿易など、我が国にとって重要な国益を見直す必要が出てきました。

前にも書きましたが、世界中で社会が流動化というか液状化し出しています。

それにしても、米国のエスタブリッシュメントや、それに追随するメディアが、米国社会の変化に付いて行けなかったことが明らかになりました。

日本も同じような状況ですがですが、メディアのおごりにも鉄槌が下されました。
| 身辺雑話 | 18:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
高校卒業60周年懇親会

昨夜は、十五夜でした。
月齢のことはよく分かりませんが、今夜がが満月だそうです。

この一週間は、何故か長く感じました。

8日(土)、9日(日)両日は、合唱団エルヴィオソーヌスの合宿練習でした。
毎年のことですが、これが我々高齢者にとっては辛い練習です。
東武東上線武蔵嵐山駅徒歩15分の国立女性教育会館に9時半に集合、10時〜12時、13時〜17時、18時〜20時と練習があります。各インターバルで10分程度の休憩が入りますが、集中を維持するのが大変でした。
21時から懇親会がありますが、私たち夫婦はそれをキャンセルして休みました。
翌日は9〜12時、13時から16時まで練習して解散となりました。

今年は、バッハのロ短調ミサ曲ですが、この曲は随分聴かされてきたように思います。従って多くのメンバーが2回目以上の挑戦のようで、はじめて唱う我々はついて行くのが大変です。
難しいと言われていましたが、想像以上の難曲で、2月10日の演奏会までに、身体に染みこませるのが大変です。一回経験しても、未消化でもう一度と考える人が多いのかな、とも想像しています。

帰途、二人ともほとほと疲れたので、息子夫婦に電話して寄り、夕飯を食べさせて貰いました。
まあ、良い家族懇談の機会にはなりましたが。

この疲れ、意外ととれず、その後の日々をだらだらと過ごしてしまいました。

14日(金)は、高校卒業60周年の集まりがありました。

定刻の10分前に着いたのですが、既に沢山の人が集まっていました。

中高一貫校で、355人卒業して、その日集まった人は約80名、他界した人が約90名、その他は欠席、返信なし、連絡不能者とのことでした。

2年毎に開いていたこの会ですが、皆、78〜9歳となりました。
外見の印象は、背が縮み、少し痩せた人が多かったように見えました。全体として、皆、歳を採ったな、と感じました。自分も同じように見えるのだろうと思いました。
クラスは毎年組み替えられるので、多くの人が一度は同じクラスのなります。その過程で親しい友人が出来ていきます。
改めて、人格形成期の6年間を同じカルチャーの中で過ごしたことの良さを感じました。

この会は、同じ幹事グループが幹事を務めていましたが、亡くなる人もいて、現幹事は今回で引退となりました。今回が最後となるかも知れません。
そう思うと、皆元気でいてくれよ、という気持ちでの歓談となりました。

乾杯の発声は、遠路アメリカから駆けつけたメンバーが務めました。
「長生きしよう!」
と唱和させました。
その後司会者が、「長生きしても、人に迷惑をかけないように」
と締めました。
| 身辺雑話 | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
「敬老のつどい」に初参加

市と社会福祉協議会主催の「敬老のつどい」に参加しました。
77歳以上の市民に案内しているとのことでしたが、昨年は参加していないので初参加です。

市長、社会福祉協議会会長、市議会議長などの祝辞、警察、消防署などからの注意喚起、女声コーラス、漫談、漫才などの演芸などの余興もありました。コーラスの最後には、全員で「青い山脈」を歌いました。

市には、16663名の喜寿以上の老人が居るそうです。市民の約9%に当たります。
約700名が収容できる公会堂を利用して、地域毎に5回に分けて開催したそうです。

参加者の中では、最も若手に属するという最近では珍しい体験をしましたが、市民の平均寿命は、男女とも国の全体を2〜3歳上回っています。男性は84.5歳とか。皆さん元気なのだなあ、と感服した次第です。

地域の活動には殆ど参加していないので、知らない人ばかりでしたが、同窓の元外交官M君に会いました。
彼は昨年も参加したそうです。
今年は、市のテニス大会シングルに出場すべく、練習に励んでいるとのこと、う〜ん、負けているなあ、と感じました。

このつどいには、多くの市民ボランティアが参加していました。
中学生も参加していました。
M君に声をかけたら、私がボランティアをやっているのかと勘違いしたようでした。

まあ、これからの自分の展望の一助になったような気がしました。
| 身辺雑話 | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
台風一過 気持ちの良い朝

朝起きて窓を開けると、さわやかな秋空の下、気持ちの良い風が入ってきました。
ふと、野分たちて、という古い言葉を思い出し、たしか枕草子にあったのだったろうかと検索してみましたが、源氏物語 桐壺で出会った言葉だったようです。

「野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて」とありましたが、現代人が大騒ぎで対策を構えて台風を迎えるのとは異なり、野分の後の風情を楽しむ10世紀の日本人の心は豊かだったなあと感心する次第です。

とは言え、台風10号は東北や北海道に大きな被害をもたらしたようです。震災の復旧が十分でない東北や、今年何度も台風に襲われた北海道は、ともに大変お気の毒です。

長い間、雨に閉じこめられていたような感覚でしたが、ようやく解放されたような気分です。
蜘蛛はいち早く巣糸を張り替え、キアゲハやクロアゲハが飛び交い、10Cm以上ある大きなカマキリまで現れました。
不思議と野鳥が静かです。
この様な気持ちの良い朝は何度も経験できません。

朝ではありませんでしたが、8月上旬にロンドンに赴任して、下旬の土曜日の午後にはじめてゴルフに誘われました。
ゴルフの後ビールを飲みましたが、その時、肌に感じるさわやかさが、何ともいえず気持ちよかったことを覚えています。

10月に開かれる高校の同期会の案内が届きました。今年で卒業60周年になります。
2年に一度開催していましたが、これが最終回となる予定です。
一昨年は、同期生の3分の1は鬼籍に入っていて、3分の1は何らかの事情で参加しない人でしたが、今回はどうなるのでしょうか。
この様なことと考え合わせて、この様な良い朝をあと何回迎えられるのだろうかと思いました。
| 身辺雑話 | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
だらだらと人生の坂道を歩いて78年

(庭先の苔)
お陰様で、本日、78歳の誕生日を迎えました。
昨年は、喜寿ということで華やいだ気分でしたが、今年は、急に80歳に近づいたことを感じました。
昔であれば、そこそこの長生きの部類に入るのでしょうが、日本人男性の平均寿命は80.5歳(2014年)ですから、まだまだ頑張らないと人並みにはなれません。腹をこわして苦しんだ直後ですから、これから先を生きていくのは結構大変なのではないか、と若干気弱になっています(笑)。

一方では、厚労省によると、日本人男性の健康寿命は71.19歳(2013年)だそうですから、健康で78歳を迎えられていることは有り難いことなのではないかと思っています。事実、電車の中などで、私より年長に見える男性を見かけることはそう多くはなくなりました。
折角、これまでなんとか元気でいられたのだから、これを大事にしていきたいと思います。

前記事でご報告した腹こわしで診察を受けた時、医師がエコーを使って診察していましたが、頸動脈を診て、
「血管がすごく若いですね」
と言ってくれました。
私の4人の祖父母、母などが脳卒中で亡くなっているので、私は自分が脳卒中になる確率が多いと考えていました。が今回、血管が若いということは脳梗塞、脳溢血のリスクが少ないということを聞いて嬉しかったです。もしかしたら、元気な余生が送れるのではないかと期待したくなります。

振り返ってみると、60歳前後のそれぞれ5年位が、体力、智力ともに充実していた時期だったかな、と感じます。しかし、その充実していた時には、それを生かす場がありませんでした。日本全体が沈滞し、所謂「失われた20年」の最中でした。

2000年にリタイアーしましたが、それが偶々ネット普及の初期に当たり、新しい時代の幕開けでした。その少し前から触れていたパソコンのお陰で、辛うじてネット社会に参加することができました。
それ以降、新しい情報時代に浸って、ビジネス社会の束縛から離れることができ、自由で気ままな生活を送らせていただいています。
たまには良い記事もありますが、広告と発表ものが中心で、依頼原稿や外電などで埋めた新聞も購読を止め、ネットで自分の関心に従って情報を得て世の中の動きを判断することができる時代になりました。
この時代に余生を送れる喜びを感謝しなければなりません。

とは言え、徐々に感じる心身の衰えは否みようもありません。
まあ、力まずしなやかに、残された人生を送りたいと思います。
| 身辺雑話 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
はや弥生3月

寒い、寒いと言って身を屈めて過ごしていましたが、気がつくと、はや弥生は3月、冷たい風は吹いていますが暖かい日射しで、やはり春だなと感じます。
幸い、春を不快にする花粉症の症状が、加齢と共に軽くなっているように感じます。昔よりは、春を楽しめるようになった気がします。
梅は満開、芽を吹く直前の木々、桜の開花から五月初めの新緑にかけての百花繚乱の季節に向かっています。
こんな春を来年も迎えたい、できるだけ何回も迎えたいと願っています。

今年は、年一回の職場の同期会の幹事を仰せつかっています。
27名入社しましたが、そのうち8名が他界して、現在19名でやっております。
今年の参加者は16名で思ったより盛会となりそうです。地方や外国で生活している人は5名ですが、外国を含む3名が参加してくれます。
体調を理由に出られない人は1名で、皆元気に暮らしているようです。

学校関係の同期生では、何故か中高の友人たちの訃報が多いのが不思議です。少年時代からの付き合いですから、寂しいものです。
他界した友人たちのことを考えると、この様に、暖かい日射しの入ってくる部屋で、のんびりとネットライフを送っていることができるのは、幸せなことだと思います。

こんなこと、一昔前まで考えられませんでした。
私が、初めてホームページを作ったのが2000年でした。
それからブログの時代に入り、今はSNSが盛んです。
いろいろ変遷はありましたが、ネットが幅広くなり、様々なニーズを吸収して、大きく、便利になってきています。
私なぞは、そのごく一部分にしか参加していませんが、隠居生活を十分に豊かにしてくれています。

これからは、大した変化は起こりようもありませんが、細く、静かに、できれば長くこの様な暮らしを続けていければと思っています。
| 身辺雑話 | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
正月の感想

(小平霊園)
暖かい穏やかな正月でした。

老妻が、昨年11月末に末の妹を亡くして元気がないので、二人で倅夫婦のところへ行って正月を祝いました。

3日に、小平霊園にある妻の先祖の墓に参りしました。
年末から正月にかけてお参りした人が多かったと見えて、あちらこちらに花を供えた墓があったのが印象的でした。好天に恵まれて、ちょうど良い体慣らしになりました。
我が家では、昨年まで正月は、初詣には行かないで、先祖の墓に参ることにしていました。このことに拘るっていると、いつも運転手役の倅が、ゆっくりと正月を祝えないので、今年からこの様に変えようかなと思っています。

友人知人たちから送られてくる年賀状を見るのも、正月の楽しみです。
昔は手書きでしたから辛いものがありましたが、ワープロ時代に入ってからは作る楽しみ、もらう楽しみになってきました。
リタイアー後は、年賀状交換先も年々減少してきています。
死亡での減少に加えて、病気で年賀状交換ができなくなっているケースも多いようです。
今年も、主として高齢によって、これで最後にしたいという人が、何人か居ました。それでも元気であることが分かっている先輩方にはこちらからは送ることにしたいと思っています。

今年もらった年賀状で特筆すべきことには、国内政治に強い危機感を感じている方からの厳しい内容のものがいくつかありました。

たとえば、

「ヒットラー暗殺」暗殺という映画を見ました。選挙で選ばれたヒットラーが主権を国民から奪い、自由を制限し、戦争に突入していく恐ろしい過程も描かれており、日本でも同じようなことが起きているような気がします。<略>


<略>の部分には、秘密保護法、安保法(戦争法)、政府批判に対する言論統制、自粛などといった言葉も散りばめられていました。

もう一人、

気がかりは世界中で武力による報復の連鎖が続き、国内では軍事優先の強権政治がまかり通っていることです。余り国民をなめているとそのうち痛い目に遭うと思いますが。


前の方は60年安保世代、あとの方は60年、70年安保の中間世代で、何れも立派な学歴の方でした。

山口二郎という政治学者が、

「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」

と言ったとのことで話題になりましたが、一部の人たちが、安倍首相をヒットラーに擬していたこと併せて、反政権の人たちの発言が乱暴になってきました。
それらの影響が、私のところにくる年賀状にも出はじめました。

暖冬で、過ごしやすい冬ですが、年末年始に逝去された友人がいました。
高校の同期生で、それぞれ仲良く同じ大学に進学した二人の友人が、年末と正月に入って相次いで他界しました。

また、年賀状で知った2度目の脳梗塞を起こした友人を、電話で見舞いました。

元気でいられることは有り難いことだと思った正月でした。
| 身辺雑話 | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
謹賀新年
送信者 橘フォト3

明けましておめでとうございます。

  申年や逝きし親父の年数へ 酔生

53歳で逝去した亡父が申年だったので、年を計算してみたところ今年で108歳になります。
亡くなったのは、私が就職した年の秋のことでした。
人の命は分からないものです。
私の53歳といえば、その就職した会社を退職させられて、子会社に移されていました。何とも力の入れようもなく、妙な気分で仕事をしていました。
考えようによっては、私が志したビジネス人生は既に終わっていたようなものです。

倅は今年50歳になります。彼の祖父が亡くなった年に近づいていることを話さなければなりません。

私が一時所属していた証券界では、申年は、「騒ぐ年」とされています。
大晦日のエントリーでも書きましたようなことを前提にしますと、今年は、騒乱の年になりそうな予感がします。

今年もよろしくお願い申し上げます。
| 身辺雑話 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
大過ない一年だったが世界は混乱へ
送信者 橘フォト2015

暖冬ですが、武蔵野の冬木立は寒々しいですね。
今年も大晦日を迎えました。

振り返ってみると、近頃珍しく、元気に過ごせた一年でした。
2月に急性の胃腸炎を患って、すわノロウイルスにやられたかと思ったのですが、大したことはありませんでした。ここのところ毎年風邪を引いていましたが、今年は、逃れることができました。これが一番良かったことです。
空気の乾いている日が少なく、気温も暖かかったことが幸いしたのかもしれません。

そんなことで、声も順調で、コーラスの練習も楽しくできました。
今年の初めには、やっとの事でステージに立てたような感じで、今練習しているドボルザークのレクイエムが最後になるかもしれないと思っていました。
しかし、調子が悪くないので、今のところは来年のバッハロ短調ミサも参加しようかと考えています。

長男夫婦が近くに移り住んでくれたので、行き来がしやすくなったり、ハワイ旅行を共にしたりで、今年はファミリー交流の年でもありました。

そんなことで、まあ良い一年だったと考えています。

ところが、親族、友人たちがポツリポツリと亡くなっていく寂しさを感じた年でもありました。
これは、止むを得ないことですが、元気でいられる自分が幸運なのだと考えるようにしています。

世界は、どのようになっていくのか見当もつかない1年でもありました。来年は、もっと分からない年になりそうです。
完全にデフレ時代に入りました。
工業製品も、天然資源も、有り余っている時代に入りました。
いくら金融を緩和しても、デフレが進行していくようです。これまでになかった現象です。
FRBが利上げに入りました。来年も引き続いて少しづつ金利を上げていくのではないかと予想されています。この出口戦略は成功するのでしょうか。
いずれにしても、今後もデフレ時代は長く続きそうで、中国を初めとする発展途上国のダメージは相当に大きいものと予想されます。
独裁国家の軍事暴発が心配です。

日本は、輸出企業は円安を享受していますが、経済全体を引っ張っていく力はありません。
いくら円安でも、必要な労働力が確保できなければ、輸出もそんなに増えないのではないでしょうか。
経済を牽引するのは第3次産業ですが、日本はこの分野が苦手なのではないかと感じています。

日銀は、得意になってバズーカとかいって、金融の緩和で勢いをつけようとしていますが、効果は知れています。
東京五輪に向かって、超緩和の出口を見いだせないままになってしまうと、五輪後は不況のジンクスが待っています。対応手段のない大不況になるのではないでしょうか。
理想的には、早めに出口戦略に入り、五輪後に再び緩和したいところです。
何れにしても、金利機能の効かない経済は、異常な経済であることに、速く気がついて欲しいと思います。

日韓関係が、異常な興奮の下に越年しようとしていますが、韓国から反日を除いたら何が残るのだろうかと感じます。
反日でないと、国民の精神状態がおかしくなり、政府は立ち往生するでしょう。そして、思いも寄らない行動に出るのではないかと心配しています。

英国人旅行家イザベラ・バードの「朝鮮旅行 英国婦人の見た李町末期」を読みかけたところですが、1894年(日清戦争の年)、釜山から海路済物浦(現在の仁川)へ着いて、清国人の街、英、独などの教会、副領事館などを紹介したあと、

日本人居留地はこれよりも遙かに人口も多く、街も広くもったいぶっている。<略>街には小さな商店の並ぶ通りは何本か在るが、扱っている商品は主に自国の人々の需要を満たすものである。というのも<略>3世紀にわたる(豊臣秀吉の朝鮮出兵以来の)憎悪を抱いている朝鮮人は日本人が大嫌いで、おもに清国人と取引をしている<略>」

という表現が出てきます。
朴槿恵大統領が、日本に対する「1000年の恨み」と表現して日本人を驚かしました。
そして、何かと言えば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の恨みが続いていることにも驚かされました。
朝鮮出兵は、日清戦争の時には3世紀の恨みになっているのですから、現在では4世紀にわたる恨みです。そうであれば、現大統領が言う1000年の恨みもありということになりますね。
日韓関係は、いくら理屈で攻めても、修復は困難と考えた方が良さそうです。

デフレ時代に入って大変なのが、世界の工場と化した中国や工業化を目指してきた発展途上国と、資源輸出に頼っていた国々です。
中国の場合は、共産党独裁政権の維持が国家目標ですから、構造改革は遅々として進まないでしょう。
この国の巨大な過剰設備が、更に世界のデフレを圧迫し続けるのではないでしょうか。

中東や、ウクライナ、EU、中国内のことですがウイグル族の弾圧、そして民族大移動のような難民のラッシュを見ていると、つくづく世界は混乱期に入ったと思います。

どんな世界になっていくのか、来年はじっくり見させていただこうと思っています。
拙いブログにお付き合いいただいてありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。

| 身辺雑話 | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
人の死とはその人が存在しなくなること
送信者 橘フォト2015

縁の深かった人たちの死が、心に重い空白を残したり、羨ましいような幸せな暮らしをしていたと思っていた人が、実際は苦渋の終末を迎えていたのを知ったりして、人の死を考えさせられることの多かった年です。

この歳になると、友人たちがぽつり、ぽつりと他界していきます。
同い年の約3分の1は亡くなっています。
学校や職場で一緒だった同期生の場合には、知り合ってからの時間が長いので、私との交遊の側面からだけですが、その人の一生を4次元的に想像することができますし、年齢的にもやむを得ない、と割り切りができます。

しかし、身近な親戚の場合は、存在することが当然の感覚がありますから、突然に亡くなると、喪失感が大きくなります。
5日(土は、妻の末の妹の告別式でした。突然のことだったので驚きました。
上の「御文」(クリックすると拡大されます)は、浄土真宗東本願寺派の葬儀で配られたもので、お経のように導師が読み上げるのを聴いていると、600年前に生まれた蓮如上人(1415〜1499)の御製だそうですが、老いも若きも人の命のはかなさを語っています。
現在の私たちの心境をしっかりと表してくれています。

裏に現代文で大意が書かれていましたが、文語のリズムで読み上げられるのが、良かったと思います。若い人たちに分かるかなとも思いながら聴いていました。
中学や高校で、古文を習いますので、多くの人には大意が理解されることだと思います。

中国は、漢字を簡字体に代えてしまったので、識字率は向上しましたが、多くの中国人は、膨大な歴史的財産である中国の古典を読めません。簡字体で書き直されたものだけが読めるのでしょうが、独裁政権は、政権に都合の悪いことは簡字体に直すことは認めないでしょうから、いくらでも歴史を変えることができます。過去を奪われた民族です。
習近平の習の字は、上の羽冠の羽の半分だけで表示されます。彼のキャラクターも浮かびませんね。

南北朝鮮も同じです。
日本併合前は、漢字を使っていて、いわゆる漢文で書き記されていました。
併合後は、日本が普及させたハングルに漢字のキーワードを加えて、ハングル漢字交じり文でしたが、現在はハングルだけですべてを表示しています。
日本時代に戸籍が作られましたが、南朝鮮はそれを引き継いでいます。しかし、戸籍は漢字なので、戸籍通りに名前を書けない人が多いと聞いています。
この両国共、朝鮮の過去の書籍は読めないのは普通です。
中国と同じように、過去はいくらでもハングルで書き換えることができます。

我々は、中等教育で古文、漢文を習っているので、何とか過去の文献を読むことができます。しかし、日本語の変遷も速く、明治時代の文献が最も読みにくいように思います。
福沢諭吉の文章なども読みにくく、有名な人が読み違えていたのを見ました。
個人的には、最も読んでみたい古事記を読むのは大変です。

5〜600年前に残された文に感動して脱線してしまいました。
| 身辺雑話 | 15:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
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