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習近平と金正恩

(ウィキペディアより)

上の地図は、1939年、満州国のあった頃の中国です。
これを、中国軍制改革の7軍区から5戦区への移行図と比べてみて下さい。

旧瀋陽軍区は、内モンゴルと山東半島などを加え、広大な地域を支配する北部戦区(以下、瀋陽と呼ぶ)となっています。北京や天津を包むようです。
また、中国にとって最も強敵であるロシアに対峙する戦区ですから、精強であることは間違いありません。

一方、旧北京軍区は、中部戦区となりましたが、小さくなってしまいました。
旧満州国は事実上日本が支配していました。旧満州国プラス北朝鮮は、戦前日本が支配していた地域です。
瀋陽が、北朝鮮を抱えて、北京と対立関係にあるとすれば、中朝関係を国境線で区切って考えるだけでは理解できないと思いました。

そこまでかんがえると、昔学んだ中国史の歴史地図を思い出します。
改めて調べてみると、常に中国北部には、好戦的な異民族が勢力を張っていて、これに各王朝は苦しめられてきました。

前漢時代には、匈奴、烏桓、鮮卑、扶余など、後漢時代には匈奴を打ったのですが、鮮卑が勢力を伸ばし、朝鮮半島から満州辺りには高句麗も現れます。
東晋時代には、高句麗の他に、柔然、契丹、高車も加わります。

隋の時代には突厥が勢力を伸ばしました。
唐の時代には、バイカルのの北まで版図を広げたこともありましたが、渤海、契丹、ウイグルなどに脅かされるようになりました。

北宋の頃は、契丹が勢力を伸ばし、女真なども現れます。
南宋時代は、金(女真)に圧迫され続けました。

そして広大な地域に勢力を広げたモンゴルは、中国を呑み込みました。

明は、北のタタールと対峙していましたが、満州に起こった金に征服されました。
清王朝は、1911年の辛亥革命まで続きます。この王朝は、発祥の地である満州は確保していましたが、ロシアの圧迫に悩まされます。

その後中華民国となりますが、各地に軍閥が割拠したり、1932年〜1945年は、日本の支配下にある満州国が存在しました。その頃の版図がこの地図です。

北朝鮮は、中国(瀋陽)に助けられ、北京とは対立しています。
瀋陽+北朝鮮は、化外の地である北支から朝鮮にに現れて、中国の各王朝を苦しめた北狄諸民族と同じような存在であることに気づきます。
更に、辛亥革命後の中国史は、軍閥の歴史でもあります。
この歴史は、中国共産党が、国民政府を駆逐して中華人民共和国(以下中共と呼ぶ)を建国した1949年に終止符を打ったかに見えました。
しかし、瀋陽の存在は、巨大な軍閥のようにに見えます。

この地域は、経済的には鉱工業や第1次産業への依存が高く、厳しい状況が続いています。
瀋陽は、北朝鮮貿易などで得られる利益を手放せないのではないかと思います。
もし、北京にそのようなことを強いられても、中朝国境線を管理するのは瀋陽です。
公式貿易は密貿易化するでしょう。
北京が国連安保理決議に賛成しても、その実行は瀋陽の意向に委ねられているのだと思います。

習近平は、対北の外交を誤りました。
北より韓国の経済に目が行って、北を無視したことが大きかったと思います。
怒った金正恩が中国とのパイプ役だった高官を次々に処刑したのはそのためでしょう。

中共は、瀋陽の人事に介入して、習近平派に入れ替えているようですが、上海派(江沢民派)の影響が強いと言われている瀋陽を、これで把握できるようになるのでしょうか。

日本にとっては、瀋陽の情報収集が重要なのではないでしょうか。
対中外交も対北朝鮮外交も、この辺の事情をしっかり把握しないと出来ないのではないかと思います。




| 歴史 | 18:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
歴史の転換点の年になるのか

もしかしたら、歴史の転換点になる年なのでしょうか。

米国のみならず世界中が、米国次期大統領トランプ氏に注目しています。
様々なことが言われていますが、選挙を戦うなかでの、そして次期大統領となることが決まった後での、彼の発信が型から外れているために、世の知識人たちが戸惑っているようです。
今週中に、正式に大統領に就任するので、少しは理解しやすくなるでしょうが、米国のキャラクターもかなり変わってくるのではないかと思います。

一部メディアにもありましたが、かつて部下であった元ファンドマネージャーは、トランプ新政権の100日で、何が起こるか注目したい、と言っていました。
とにかく、善し悪しではなく、現実にしっかり目を向けていきたいと思います。

いづれにしても、これまでのやり方では、世界が治まらなくなってきたのでしょう。。
世界の70数億の人たちが一つの価値観で結ばれ、平和に暮らすことが出来ると考えている人がいれば、それは幻想だと思います。だから国連は無力です。
たとえば、東アジアの日中韓の価値観だってばらばらです。文明が違いすぎます。
そうであるとすれば、国毎にそれぞれのシステムを維持し、外交や、時によっては中国のように軍事力による圧力もちらつかせながら、国家間の調整をしていくしか方法はありません。

世界一の大国米国も、米国ファーストしかなくなったのだと思います。

寒いですね。
東京は恵まれているとは思いますが、私にとっては、冬を越すのは大変です。
この写真のような、武蔵野の寒々とした景色が、徐々に青味を増し、そして百花繚乱の季節が来ることを期待しています。
| 歴史 | 15:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
真珠湾攻撃から75年

(安倍首相は本日のスピーチに先立ってオバマ米大統領とともに戦死軍人の名前が刻み込まれたアリゾナ記念館のこの壁に向かって花を捧げた)

この12月8日で、日本軍によるハワイ真珠湾攻撃から75年になりました。
本日、安倍首相はオバマ米大統領とともに真珠湾を訪れ、戦死者を慰霊とともに、日米の寛容と和解による希望の同盟をたたえる演説をしました。(演説全文かこちら)

昨年12月8日のブログ
<昭和16年(1941年)12月8日、日本海軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争の火ぶたが切って落とされました。私は、3歳と9ヶ月でしたが、この周りの興奮は何となく覚えています。
甲高いラジオの声、大人たちの複雑な様子の中で、絵本などで見ていた戦争が始まることに子供心に刺激されていたのだと思います。>

と書きました。

昭和42年(1967年)10月、官民合同の「流通機構調査団」の一員として、初めての外国の地であるハワイに着きました。ホノルル空港からワイキキまで乗ったタクシーで日系人のドライバーが
<気がつくと、日の丸をを付けた飛行機が真珠湾めがけて飛来し、攻撃して帰って行った。ホノルルの街は攻撃されず、非常にきれいな攻撃だった。>
と誇らしげに話してくれました。(平成23年(2011年)12月8日)

そして同じ日のブログには、
<それから5年後、ビジネスでホノルルに数日滞在している際に、12月8日を迎えました。
大勢のSURVIVAL PEARL HARBOR と横に書かれたネイビーの帽子をかぶった人たちが、多くは夫人連れで集まってきました。土地の人に訊くと、毎年この日にはこのイベントがあるようでした。
トラブルは避けたい、という気持ちでおとなしくしていました。
そうは言っても、ホテルの部屋にこもりっきりは難しく、ある晩、モアナホテル内バーCaptain Cookのカウンターの隅で静かに飲んでいました。すると、彼らの一団が入ってきて、ピアニストにリクエストしながら、歌を歌い出しました。大声で、それぞれお国の歌を歌って楽しんでいました。
実に屈託のないアメリカのおじさん、おばさんたちでした。トラブルを心配することもありませんでした。

報道によると、当初は、2万8000人のSURVIVALSがいましたが、今年の式典に参加したは120人で、この生存者協会は、今年で解散するそうです。
一つの歴史が幕を閉じようとしています。>

とあります。

そして、本日の安倍首相によるオバマ米大統領とともに行った慰霊と演説によって、日米戦争のわだかまりに終止符を打つことが出来た、と思いたいところです。

安倍首相の行動は、来月退任するリベラルなオバマ大統領へのはなむけにもなるでしょう。
| 歴史 | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
北方四島ソ連強奪なかりせば

A.歯舞諸島(歯舞群島)、B.色丹島、C.国後島、D.択捉島
1.色丹村、2.泊村、3.留夜別村、4.留別村、5.紗那村、6.蘂取村(Wikiより)


我が国がポツダム宣言受託し終戦となった後に、ソ連は、1855年の日露和親条約(下田条約)により択捉島と得撫島の間を国境線と定めて以降、我が国固有の領土であった北方四島を占領し、その状態が今日まで続いています。
今回の安倍、プーチン会談でも、領土問題に関しては明確な進展が見られませんでした。

四島終戦時の人口は、約17000人と言われています。
その全員が、ソ連によって日本へ送還させられたそうです。従って現在は同胞が一人もいない島々となっています。
ソ連は、島々の占領と、日本人を全員排除するという完璧な領土獲得でした。
領土返還を叫んでも、日本人が全く居ない島々を返せ、というのは迫力がありません。
ただ、島を帰せ!では絶対に弱いです。

現在四島には、約18000人のロシア人が居住しているそうです。
映像を見ても新しい施設や住宅があって、北海道の港町に比べて活気のようなものが見えます。

もし、日本がこの島々を引き続いて領有していたらどうなっているかと思います。
我が国は、人口減少下、地方創成に苦労していますが、厳しい気象条件の下での離島生活で、豊富な漁場に恵まれているとはいえ、何人の人たちが頑張ってくれていたでしょうか。

因みに、四島の玄関口である根室の人口を調べてみました。
町村合併などがあってよく分かりませんが、戦後の根室市人口のピークは、昭和40年(1965年)の49446人で、その後減少が続き、平成27年(2015年)には、27629人に減少しています。
50年間で44%の減少です。
もちろん有力な漁場である四島を失ったこともあるでしょうが、北限の都市の厳しい現実です。

漁業およびその関連だけではないよ、との指摘もあるでしょう。
今回の共同経済活動の話もありますが、これらの北の離島に、誰が行って、何をするのでしょうか。
北海道の失業率も高い中で、考え込んでしまう問題です。

札幌で老後を送ることを決断し移住した友人がいます。
寒いだろうと思って、必ず北海道の天気を気にして見ています。
友人曰く、札幌より東京の方が寒いそうですが、北方領土の辺りは、冬期には台風並みの強烈な低気圧が居座っていることが多いです。そして、夏期は海流の関係で、濃霧が発生することが多いと聞いています。
決して住みよい場所ではないだろうと感じます。

ソ連時代に、モスクワで先方の政府高官と話したことがあります。

「日本で北方領土に拘っているのは外務省だけ、大蔵省も、通産省もそんなことは言っていない。」

と言っていました。

日露平和条約は必要です。このエントリーでも強調しています。
四島を百年後にでも取り返す手がかりを得られれば、決断しても良いのではないかと思っています。

安倍首相は、そのために我慢強く頑張っているのではないでしょうか。
| 歴史 | 17:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
「中国の論理(岡本隆司)」で整理が付いた

(2002年南京中山稜にて)

サラリーマン時代には、何かと欧米、南米などには縁がありましたが、アジアには全くブラインドでとても気になっていました。
ビジネスを卒業して、真っ先に韓国、中国、インドに旅行して空気を吸ってきました。

その後、中国の台頭は著しことはご案内の通りであります。
国際社会との軋轢も増えてきました。

国際社会の考え方と、中国の考え方が異なることが段々と鮮明になってきました。
私は、中国の国や社会について、漠然とした考えを抱いていましたが、10月にFBで、櫻田淳氏による「中国の論理(岡本隆司)」について、次のような紹介がありました。

<本書は、京都大学東洋史学系の「中国理解」の伝統を佳く反映した書と評すべきであろう。
「眼の前の中国」に向き合うためにも、こういう書は、きちんと読んで置いた方が宜しいと思われる。書中、印象深かったのは、中国史を貫く儒学思考の圧倒的な比重であり、「士と庶」、「華と夷」を厳密に区別する意識の強さである。無論、こうした特徴は、折々に修正が図られる局面が訪れるのであるけれども、それは、程なくして元の木阿弥となる。日本は中々、「難しい」世界と隣り合っているものだと実感する。>


読んでみると、私が感じていたことを学問的にきちんと解明してくれていて、様々な示唆に富んだ本でした。
孫文も、日本の近代化から学んで、中国にチャレンジしたが、辛亥革命などの革命は長続きはしませんでした。櫻田氏が指摘するように、巡り巡って、元の木阿弥になった結果が現在の中国共産党政権でした。

欧米は、中国が発展して豊かになれば、人権などを重視した民主的な国家になると信じて接触していたようですが、そうではない、と気づきはじめたように見えます。
何しろ莫大な市場に眼が眩みがちな対象ですから、無理もないように思いますが。

日本は、共産党政権に対して、献身的な経済貢献をしてきました。
しかし、外交的にはそれが生きていないことを身にしみて感じています。先進国のフロントに位置することもあって、現政権は、いち早く中国の本質を実感していました。

ただ、政権が変わると、甘い蜜に心を奪われ、判断を誤る指導者が出てくるかも知れません。
危ない! 危ない!
| 歴史 | 10:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日は太平洋戦争開戦の日
送信者 橘フォト2015
(2012.7.10靖国神社)
この様な写真を掲載したからといって、太平洋戦争を肯定しているということではありません(笑)。
私には、肯定したり否定したりするほどの情報や知識はありません。

昭和16年(1941年)12月8日、日本海軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争の火ぶたが切って落とされました。私は、3歳と9ヶ月でしたが、この周りの興奮は何となく覚えています。
甲高いラジオの声、大人たちの複雑な様子の中で、絵本などで見ていた戦争が始まることに子供心に刺激されていたのだと思います。

昭和20年(1945年)8月15日の終戦の玉音放送を聴きながら、両親や祖父母がホッとしている様子が心に残っています。
国民学校2年生だった軟弱な私は、学校そのものが軍国主義的なコワイ雰囲気にあったので、疎開先ですごく居心地が悪かったです。後で考えると、この日を境に段々とそのコワサが薄れてきましたが、最後まで疎開先の学校には馴染めませんでした。

平川祐弘さんが昭和57年(1982年)に書いた「平和の海と戦いの海」を1年前に読みました。
この戦争を避けるために、そして終わらせるために尽力し、戦後も活躍されたた立派な人たちが居たことを知りました。
開戦に走ったことは稚拙な政治だったと思っていましたが、平和のための日米相互の理解も相当進んでいたようで、残念に思いました。
ハルノートがどうであったとかといった議論ではなく、大きな流れとしての平和構築の大切さを知りました。
国際情勢が急展開している今日この頃ですから、も一度読み直してみたいと思います。

太平洋戦争の頃もそうでしたが、現在の日本も、政府も国民も液状化している国際情勢の認識が十分ではありません。それでも現政権は、過去の政権に比べると格段に頑張っていると思っています。
メディアや国民教育の遅れが、政界や国民の現状認識の遅れとなって、政権にかなり無駄なエネルギーを消耗させているように思います。
| 歴史 | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
中国の抗日戦争勝利70年記念行事の後に何が残るのか
送信者 橘フォト2015

前記事で、南北朝鮮が共におかしいことを述べましたが、終わってみれば、彼ら独特のチキンレースで、表面上、南側の完勝のように見えました。
何か、裏があるように思えます。北は経済的利益をガッポリ得たのではないでしょうか。

9月3日に、中国による抗日戦争勝利70年の記念行事が行われます。
中国は、この行事に威信をかけています。
しかし、ロシアの対独勝利70周年の記念に習近平主席が参加したこともあって、ロシアのプーチン大統領が出席するようですが、これが安保常任理事国唯一の参加です。
日米をはじめ、G7のメンバーの首脳は誰も参加しません。
韓国朴槿恵大統領が参加して花を添える(笑)ようですが、"中華"の威信をかけた行事としては寂しいものになりそうです。
もちろん、軍事パレードなどは華やかに行われると思われますが。
内外の評価はどうなるでしょうか。
何か寂寥感が残るものになりそうな予感です。

江沢民一派をはじめとする腐敗退治に名を借りた権力闘争も深刻になっています。
腐敗していると言えば、政権幹部全体がそうですから、どこで落ち着くのでしょうか。
これは、政権を強化することになるのでしょうか、それとも抗争エネルギーの消耗の方が大きいのでしょうか。

経済の落日は明らかになってきました。
中国での生産コストが上昇し、中国への投資の動機の一つが失われかけています。国際競争力にも陰りが出てきました。

前から指摘しているとおり、政権の自己否定なしに合理的な経済運営に転換できません。
君子豹変して、市場経済の原理に基づいた運営をしたとしても、この歪な経済を軌道に乗せるには、どのような知恵があるのでしょうか。
中国の暴走によって、リーマンショック後の世界経済はバブル的になり、中国による石油をはじめとする資源の爆買いで、資源輸出国に大きな利益が生まれていました。

その中国経済の失速の結果、石油を筆頭に、資源価格が軒並み暴落しています。資源輸出国の経済が急速に悪化しました。
ロシア、ブラジル、南ア、カナダなど資源輸出に依存しているBRICsと呼ばれた国々をはじめとして、南米、豪州、アフリカ、中東産油国などの経済が厳しい状況に追い込まれています。
米国のシェールガス産業も痛手を受けているようです。

天津郊外で、不可解な化学工場の爆発がありました。シアンなどの有毒、有害物質が拡散したと言われていますが、真実は明らかになっていません。
公害によって、河川、飲料水、土壌、空気の汚染など生活環境の悪化が深刻な中で、この様な有毒化学物質の拡散情報は、国民の政権への評価をさらに引き下げます。
この事件は、日本の全港湾と同じ能力を持つと言われている天津の港湾が使えなくなっているのですから、この国の物流に甚大な影響を与えている筈です。落ち目の経済にマイナスの影響が大きいでしょう。

株価の暴落とそれに対する政府の強権発動は、世界から批判と失望を浴びています。
輸出対策と思われる突然の人民元の対USドルレートの引き下げも世界に驚きを以て迎えられました。
併せて金利の引き下げなども行われましたが、この二つの事件で、この国の市場経済の負の変動に対する対応能力が、著しく低いことが明らかになってきています。

前から指摘しているとおり、力による強権外交は嫌われ、外交的には孤立しています。
世界に資金をばらまくこともままならなくなって、恵みを与えてくれる中国から、嫌われ者へと落ちぶれかけています。

過去には、世界中が競って中国に投資してきました。
そして中国が発展し、投資家は大きな利益を得てきました。世界経済も潤いました。
そして、中国経済の発展に伴って、生産拠点としてだけでなく、13億人の市場の魅力が大きくなってきました。
製造業以外の企業の投資も増えてきていました。
チャイナドリームと呼ばれていました。

しかし、昨今の中国は、経済成長が順調でないことが明らかになってきました。
それと共に、政治的にもかなり厳しい橋を渡っていると観られています。昔から言われていたチャイナリスクが表面化してきました。
この一年間で、このチャイナリスクが、大きくチャイナドリームを上回ってしまったように見えます。

冒頭に述べた、抗日戦争勝利70年の記念行事の後には、何が残るのでしょうか。
中国に対する世界の(国内も同じ?)厳しい目の中で、内政的にも、対外的にも、何かを打ち出すことができるのでしょうか。
恐らく、秋風と共に、中国はさらに一層の様々な矛盾を露呈することになるように思われます。

天皇陛下に謝罪を求めた記事が気になります。
国をまとめるためには、改めて反日なのでしょうか。
抗日戦争行事が巧く行ってない腹いせでしょうか。
そうあって欲しくないですが。
| 歴史 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
終戦記念日 昨日の安倍談話は良かった
送信者 橘フォト2015

70年前、国民学校2年生で、疎開先の久喜市で迎えたこの日は、薄曇りでした。

昨日の、戦後70年を迎えての安倍首相の談話は素晴らしいものでした。
内外で注目を集め、メディア、中韓両国、野党勢力など反安倍勢力によって包囲網を敷かれたような状態になっていたので、心配していました。
しかし、流石ですね。立派な談話として発表されました。
今年に入ってからの米国上下両院合同会議、バンドン会議での演説に続く締めくくりの談話です。
我が国の戦後史上の最重要談話となりました。

安倍内閣総理大臣談話全文

全体として、先の戦争に至った事情、敗戦とその反省、失われた多くの人命に対する哀悼の意、戦後、焦土となった我が国にかつての敵国から下された温情、両親や祖父母世代の頑張り、次の世代への思いやり、しかし戦争の反省を忘れないことなど、東アジアだけではなく、交戦国、戦場となった各地への思いやりに満ちた談話でした。

世界に向かって、大過去(敗戦に至るまで)、過去から現在(戦後70年の平和の歩み)、将来への意志を示した立派な談話に仕上がっていました。自由、平和、人権を尊重する国と手を携えていくことを宣言しました。

極右、ヒトラーなどの実体のない悪意に満ちた呼称や、歴史修正主義者などの見方をされがちな安倍首相でしたが、リベラルな考え方で一貫した談話で、この様に言ってきた人たちは、本心ではないとか次元の低いコメントをしています。
この談話を良く読めば、戦争は相手があることであり、相手も相当酷いことをしていることをさりげなく述べています。
歴史認識とか言って、過去だけを採り上げて日本にたかってきた国々に対しても、言外に諭しています。

東アジア外国勢力と組んで、日本をそれらの国の下に永遠に置こうとする一部野党や国内勢力など、村山談話や河野談話を最高価値とする原理主義者たちの思考範囲を遙かに超えるレベルとなっていました。
中国や韓国の反応は、意外に厳しいものではありませんでした。
東アジアの時代の変わり目を感じました。

世界で孤立し、経済の悪化が明らかになった中国には、こんなことで日本といがみ合う余裕はありません。
良く分からない天津の化学工場の大爆発は不気味ですね。福島原発の事故よりもエネルギーが大きかったように思います。トヨタだけでも、輸入新車1万台が壊されたそうですから、この商品の被害だけでも、3百億円前後になります。
早速、隠蔽のために、現場を埋め立てる作業をはじめたとの報道があります。
村山談話どころではないでしょう。

韓国も、政府ベースでは抑制が利いているように思います。
両国とも、対日関係では、世界から孤立していることを、改めて感じているのではないでしょうか。

問題は、日本の一部メディアと中韓寄りの勢力ですね。
朝日の社説などは、支離滅裂ですね。
政府の方が、朝日より先を走っています。もう、コメントすることもできないのではないでしょうか。

| 歴史 | 17:09 | comments(3) | trackbacks(0) |
改めて福沢諭吉とされる脱亜論を読む 今と似てる
送信者 橘フォト11
(大欅の木肌)
中国、韓国、北朝鮮3国との関係が、困難な時期に入っています。
国家の立ち位置、国民の価値観などが、この3国と著しく異なっているために、日本は苦労しています。

明治時代に、福沢諭吉が唱えた、脱亜入欧論というのがあると頭に残っていたので、調べてみました。

分かったことは、福沢諭吉は、脱亜入欧という言葉を使ったことがなく、明治18年(1885年)の時事新報社説(無記名)が「脱亜論」を唱え、それが長らく忘れられていましたが、後年(昭和8年 1933年)岩波書店の「続福沢全集」に収録されました。それが有名になったのは、1960年代になってからのことのようです。

脱亜論は、原文、参考現代語訳はここにでています。
中国や韓国では帝国主義的として批判が強いようです。
原文は、僅か130年近く前の日本語ですが、後期高齢者の私が読むのに苦労します。ドイツ語より少し楽か、という感じです。日本語も随分変わったものですね。
以下、宮地正人(東大名誉教授)による解説を借ります。

福澤の「脱亜論」の本質は、アジアの清国・朝鮮を野蛮国と決めつけ、文明化した日本だけが西洋列強の仲間入りするという、一般論的な理解では正しくなく、自国内部の儒教主義に象徴される封建制を打破すること、その結果、自主独立できたアジアの諸国家間の連携を作り出すことが彼の本心です。
「脱亜」とは、日本、清国、朝鮮にとってお互いの反封建・国家独立の戦いそのものなのです。(中略) 朝鮮や清国の話ではなく、日本の「脱亜」の戦いなのです。


今、中国は共産党独裁国家、韓国は一応民主主義の形をとっていますが民主主義を巧くハンドルできていない強烈な民族主義国家で、北朝鮮も共産党?独裁国家です。
中国と韓国は工業化まで入っていますが、その先は展望できません。

中国は、既に、詰みつつあると思います。
それが明らかになった段階には、世界に負の大きな影響が出るでしょう。
経済で中国にのめり込んでいて、反日国家度を高めている韓国は、反米にも傾きつつあります。中国が詰んだ暁には、最も大きい影響を受ける国家でしょう。
北朝鮮は、最貧国の段階にあり、日本と巧く行かないようであれば、ロシアに傾くしかないでしょう。

この様に観てくると、130年前には動きのとれない儒教的価値観に支配されていた3国は、現在も、独裁や拘りによって、同じように不自由な状況におかれていることが分かります。
独裁を強めることで体制を維持しようとしている中国は、民主的な価値観の浸透に強い拒絶反応を見せていますが、西欧列強の進出に為す術を知らなかった清朝末期と重なって見えるのは私だけでしょうか。

朝鮮半島も、中国につくのか、日米側に留まるのか、ロシアを頼るのか、李朝末期と似たように見えます。

当時の福沢諭吉に代わって、多くの日本人は、中国や北朝鮮に民主国家になって欲しい、韓国には本当の民主主義国家になってもらって、これまで国際社会が築いてきたルールに従い、普通に対話ができる国家になって欲しいと思っているに違いありません。
もし、それができないのであれば、日本だけでもこれまで共にやってきた国際社会で生き残る道を歩むしかありません。
グローバル化時代ですから、簡単な話ではありませんが、何だか、いつか来た道のような気がします。
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ユーラシア国家露中の海洋への野心
送信者 橘フォト11

ロシアによる強かなクリミヤ奪取が行われ、世界が慌ただしくなりました。
ロシアと米国、EUとの対立は決定的です。
だからといって、軍事的な動きはないようです。お互いに軍事的衝突は生産的でないことを良く理解しています。経済封鎖的なことが中心になっていますが、これとてお互いの利益を削ることですから、大胆なことはできないのではないでしょうか。

株価で見ると、ロシアは、リーマンショック以来の上昇分を全て失っています。米国は、高値で揉み合っている状況です。
どうも、ロシアの最大の弱点は経済で、経済を含む内政面の行き詰まり状態にあったところに、ウクライナの混乱が起こり、それを奇貨としたのか、プーチンは、入念な作戦で行動し、ウクライナを併合して国民の喝采を浴びました。
クリミヤを手に入れても、ロシアの経済的な弱さは変わらず、米欧の経済制裁はボディーブローのように利いてくるでしょう。

米欧とロシアは政治的な対立の時代に入りました。
といっても、かつての冷戦時代のようにはならないでしょう。グローバル経済は進展中ですし、中東など外交問題の処理には、お互いに協力が必要です。

こういう状態を見て、中国は何を考えているのでしょうか。
恐らく、中国が少々のことをしても、米国は軍事的手段には訴えないと思う危険があります。米国の戦争疲れが、具体的に見えたからです。特に、核保有国同士は、戦争はできないと。
東シナ海、南シナ海で多少の軍事的手段を使っても、米国と戦火を交えることにはならないと思う可能性があります。
現に、中国は、インドネシア領まで手を伸ばしはじめています。

クリミヤのねらいは、昔からの不凍港獲得です。
中国の野心は、東シナ海、南シナ海の内海化です。
似ているようですが、中国のねらいは国際法を無視しています。
そして、中国には、大きな戦争の経験がありません。ロシアはその点ソフィスチケートされていますが、中国は、そうではありません。近代戦争の初心者です。

日本としては心配です。


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