(ミズバショウ)
この地に縁が出来て、今年で31年になります。
最初の20年程は、ここに滞在している間は、ゆっくりとジョギングをしていました。八ヶ岳のスロープにあるので、上り下りがあり、ジョギングコースとしては楽な方ではありませんでした。
ジョギングも、一時間ほどで戻ってこられるいろいろなコースを選んで楽しんでいました。帰ってきて一風呂浴びたあとのビールは格別でした。
しかし、膝を悪くして、医師から走ることを止められました。この頃は、ゆっくりと散歩するだけになってしまい、行動範囲も小さくなりました。
今日は、しっかりと時間を取って、昔走っていたコースを歩いてみました。
新しい立派な別荘が増えていました。
私のようにバブル前に当地に縁が出来た人は、建て売りの山荘を買う人が殆どでした。いろいろ考えたのですが、当地で、注文住宅を建てようにも、どのようなものを建てて良いか分かりません。無難な建て売り山荘を購入しました。
自分で考えて注文住宅を建てた人もいましたが、羨ましいような家は余り有りませんでした。
80年代後半から90年代初めになると、別荘のデザインも建築も改善され、建て売りも注文住宅も豪勢になってきました。立派な家が建つようになりました。
そして、この10年ほどは、個性豊かな家が目立ちます。
今、新しく建てるのであれば、自分の気に入った住宅のスペックを纏めることが出来ますが、もう十分な歳になりました。あと何年来られるのだろう、と思うとその様な意欲は湧きません。
ジョギングコースを歩いてみて、新しい建物の他に、昔からあった建物の現況から、そのオーナーの方の境遇を想像してしまいます。
何年も使った様子がないほどに荒れている家、建て替えられて立派になった家、大幅に減った法人の厚生施設など時代の移り変わりを感じさせられます。
立派な新築別荘を見ると、このオーナーは今が絶頂期なのではないかと思ったりします。或いは、代替わりで張り切って立て直したのでしょうか。
使われなくなった建物を見ると、オーナーは、病気か、怪我か、経済状況の変化か、家庭が順調でないか、或いは亡くなってしまってしまったのかも知れないと思います。
現に、当地で会って時々話をした私と同年の財界人は、今年になって亡くなりました。
隣家の医師は、大分前に亡くなって娘さんに代替わりしました。
近くの、元有名野球選手の家は、亡くなった後も、そのまま表札をかけたままになっています。
連休前ですから、今は人が多くありませんが、道行く人はいずれも年寄りの部類に入る人たちです。ごく当たり前のことだと思いますが、なんだか老人の集まりのように感じてしまいます。
恐らく来週になると、三世代組が増えるのではないでしょうか。
別荘地の移ろいも、日本の社会の移ろいを反映しています。
大震災後は、世相も変わって行くことでしょうから、このような場所は、どうなって行くことでしょうか。
そして、その背後では、引き続いて、喜怒哀楽に満ちた様々なドラマが起こるのだと思います。