CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2012 >>

LINKS
PROFILE
ARCHIVES
CATEGORIES
金融恐慌の地鳴りが聞こえてくる
送信者 olympus

1980年代後半の金融機関破綻が続き、多くの金融機関経営者が様々な罪に問われる事件がありました。
先般、昨夏の最高裁差し戻し審で、銀行のトップ3名の無罪が確定したお祝い、13年間の戦いへの労い、そして真実をもたらしたことへの感謝の会が催されれました。
当事者(一名は健康状態が悪く欠席)の他に、銀行のそれ以前のトップの人、共に役職員として苦労していた人たち、弁護団、旧大蔵省当局者、日本銀行、その他証人として被告側に協力した人たちなど約300名が集まり、様々な角度からこの事件を振り返りました。
集まった人々を見ながら、13年間の時の流れを感じました。
旧厚生省の村木厚子局長の事件にはじまり、検察庁およびこの国の司法のあり方が糺されていますが、この事案もその流れの中での解決でした。

1980年代の金融機関の行き詰まりは、諸外国でも起きましたが、日本のバブル経済のエネルギーはすざましく、日本の金融システムに深刻なダメージを与えました。当時、我が国では、金融システムを守るためのインフラが整備されていない状態で、それぞれの金融機関が最大限の努力をして、金融システムの混乱を避けるしか術がありませんでした。
そのダメージの大きさは、失われた10年が20年となり、23年過ぎた今も全くその状態から脱却できる見通しが立っていないことでも良く分かります。

金融は経済の血液です。
金融システムが損なわれれば、投資、生産、流通などの活動にも支障を来し、経済全体が大きくダメージを受けます。
雇用の実態も著しく損なわれ、厳しい労働環境を受け入れざるをえなくなります。家計にも深刻な影響を与えます。

リーマンショック、サブプライムローン問題で損なわれた欧米の金融機関を、ギリシャ危機にはじまるユーロ圏の財務危機が襲っています。
国家財政は、信用の最後の拠り所ですから、これは深刻な問題です。欧州だけでなく、米国も日本も、国家は債務で膨れあがっています。
欧州の問題にとどまらないでしょう。日本にも、危機が直ぐそばまで迫っています。

最も深刻なのは日本です。
国家、地方政府の債務額は巨大です。
これを乗り切るための政治力は期待できません。
国家財政が回転しているから現在があるのですが、世界的な金融恐慌が起こった時には、この回転は止まります。途端に、巨大な債務額がクローズアップされてきます。
金融機関が、最もリスクが少ない資産として大量に保有している日本国債が暴落します。全金融機関が大赤字になるでしょう。
1980年代とは比較にならない規模の金融恐慌に襲われるでしょう。

私には、地鳴りのような金融恐慌の足音が聞こえてきます。
少なくとも1980年代の経験を振り返って、それだけは確実に生かしてもらいたいと思います。



| 経済ビジネス | 14:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
今年も巨人はどうかなと思わせる試合運び
送信者 橘フォト8

昨夜は、昨年と同じように、東京ドームネット裏から巨人vs横浜DeNA戦を観戦しました。

巨人は、勝ち頭杉内が好投して7回表まで相手に点を与えず、1−0でリードしていました。ここまでで杉内投手は既に116球を投げていました。
7回裏巨人の攻撃は、今年はじめて先発メンバーに入った8番中井一塁手からの攻撃です。私は、ここで9番杉内のところで代打を出し、8回から継投に入ると思っていました。
ところが、巨人ベンチは、中井に代打を出し、杉内はそのまま打たせました。完投、完封をさせてやりたいとの思いだったのでしょうか。私は、この采配に不安を感じました。

7回、杉内投手は、横浜の攻撃を簡単に2アウトとしましたが、その後、連打で1点を失い同点とされ、中継ぎと交代しました。
杉内は、129球を投げて、勝利投手になれませんでした。
監督の杉内への拘りが裏目に出ました。
7回116球投げ終わった時点で交代させるのが、今の野球の考え方ではなかったかと思います。

TV観戦で、何時も気になっていたことです。
毎試合、上の写真のようなメンバー表交換の儀式がありますが、私が観ている時は、原監督が、握手をしても相手監督の目を見ていないように感じていました。
これは、マナーに反することです。
相手の目を見ないのは、たまたま私が観ている時だけのことであることを祈っています。
| スポーツ | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
芽吹きの季節をも一度を味わう
送信者 橘フォト8

5月4日の午後から茅野へ移動しています。午後1時頃三鷹を出発しました。中央高速道の渋滞は終わっていましたが、途中、雨が降って少し緊張しました。何しろ、連休中の高速道路上での大事故が続いたので、運転環境が悪くなると、緊張せざるを得ません。

来てみると、この辺の高度(1100m)ではちょうど桜が満開です。東京から約1ヶ月遅れと言うことでしょうか。ちょうど若葉の芽吹きの季節で、新緑をもう一度味わっています。

今回は、妻は三鷹に残って、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」を満喫している筈です。
私は、例年この季節にはこちらに移動して、高原の春を楽しみます。
常日頃、妻から、妻が先に逝ってしまう場合に備えて、私が家事能力を付けておく必要があるとの理由から、家事へのプレッシャーをかけられています。ここで数日間自炊することによって、多少の訓練になっているのではないかと思っています(笑)。

この辺の別荘地も、多聞に漏れず高齢化が進行しています。
昔は親子連れが沢山いました。
それから孫の時代になります。そして孫も来なくなり、老夫婦だけになっていきます。妙に静かになってきました。
その老夫婦も、高齢の人から順に来なくなります。
土地を接する私より年長の方2軒が今年は来ていません。淋しいものです。
| 八ヶ岳西麓から | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
韓国に生活水準で抜かれる!

昨日、友人からのメールで、The Economistのこの記事を知りました。
日本を師としたアジア諸国の購買力平価での一人当たりのGDPの推移表です。英紙エコノミストから借用しました。

この数字は、それぞれの国の生活水準を比較するのに使われますが、日本は、既にシンガポールに抜かれ、香港に抜かれ、台湾に抜かれ、そして今や韓国にも抜かれようとしています。
そんなこと、多くの日本人は知っているのでしょうか。
昨年、GDP世界2位の地位を中国に奪われましたが、両国民の生活水準では比較にならない、と考えている人が多いと思います。しかし、アジアのこれらの国民と、生活の質の面で、このような状況にあることを感じている国民は少ないのではないでしょうか。
このままでは、日本は10年以内に、アジアの先進国とは呼べない地位に成り下がる恐れがあります。

失われた20年プラスアルファの間に、全く構造改革もしないままに、このような事態になってしまいました。現段階では、先々、国家エネルギーが回復して、希望の持てる時代が来るようなことは全く感じられません。恐らく、日本との比較感をエネルギーにしている韓国から、蔑まれる日も近いことでしょう。

このブログで幾度ともなく指摘してきたように、日本の社会、政治、経済などの仕組みが動きのとれないものになっていることが原因です。システム疲労の状態が続いていますが、それを改革するエネルギーも湧いていません。

パラダイムシフトが必要なステージに来ていますが、次の国家や社会の目標が見えません。
先ず、将来に向けての思想が必要です。それに従って、日本の国家、社会の枠組みを転換して、これからの地球時代への適応能力を増す必要があります。

今日は憲法記念日です。
国家、社会の枠組みの基本は憲法です。
自民党が憲法改正草案を出していますが、国家観をはじめとして、私が求める将来に向けての思想が見えません。新しい憲法を主導するような思想を持った指導者は、政界にも学会にもいないようです。

現憲法下の65年間、国家を巡る思想、哲学は、思考停止の状態にありました。
淋しい思いですが、2大政党の片方が憲法草案を発表したことは思考の始まりです。今後の議論に期待したいと思います。
| 社会 | 18:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
これまでで最も怖かったこと
送信者 olympus
(4/30井の頭公園)
毎年この季節になると思い出すことがあります。この旅行中の出来事です。

中南米の長いビジネスツアーを終え、リオ・デジャネイロからサンフランシスコへ移動する途中のことでした。リオーシスコ間のフライトは、Braniff Internationalの、リオーリマーロスーシスコと飛ぶ便しかありませんでした。
やむを得ずそれを利用しましたが、リオを夜出て、リマには深夜に着きます。そこで給油した上、リマからの乗客を拾ってロスに向かいます。

リマでは、一旦飛行機から出て、ロビーで待たされます。出発の時間になって、再び機内に入り、深夜(午前2時頃)だったので、シートベルトを締めて、直ぐに寝てしまいました。
2時間ぐらい熟睡して目を覚まし、機内を見て愕然としました。
機内には、私を除いて他に誰もいません。飛行機は、私だけを乗せて飛んでいます。まるで夢の中の出来事です。これは大変なことになったと思いました。何が起こっているのか。

やがて事態が理解できました。
飛行機は機体のトラブルで飛んでいませんでした(笑)。
他の乗客や乗員は、暑いので、機外に出て涼んでいたのです。

この飛行機は、3時間遅れでリマを出発し、無事にロスに到着しました。
ロスからシスコへ飛ぶに当たり、離陸しようとして止め、さらにもう一度トライしましたが、離陸できませんでした。遂に、機体を変更してようやくのことでシスコに着きました。
ヘトヘトになってシスコの空港に降り立ったことはもちろんです。

リマでの驚愕、これは人生で最も怖かった経験です。
初めてのラテンアメリカ旅行で、中南米に対する不信感が最も高まっていた頃の出来事です。
しかし、後で考えると、この機体にずっと乗っていたことは、もっと恐ろしいことでした。
1972年4月の終わり頃の出来事でした。

因みに、この航空会社は、1982年に破産し、存在しなくなりました。
| | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
小沢一郎無罪判決は公理に沿ってない
裁判の本質は論理で、裁判から導き出される論理が、法律に照らしてどうかということです。
政治資金規正法は自分が作った、と豪語している政治家が、自らの政治資金報告書を秘書任せにしていたとして、知らぬ存ぜぬとシラを切るのを認めるような裁判は、世間が受け入れません。
判例も大事ですが、裁判官が、世間がおかしいと感じていることをスルーして、自分たちの論理に浸って結論を出して済ませるのは許せません。

裁判にも少しずつ進歩がなくてはいけないと思います。
時代も変わり、世の中も変わり、事案の性格も複雑になってきています。立法が追いつかないケースも多々あります。
そこは、判例を公理に従って更新していくことによってカバーし、世の矛盾に対処するのが、法の予定していることでもあります。
第一審の裁判では、この点をしっかり判断して欲しかったと思います。
政治を糺すのは司法の大事な役割です。
一法学徒として、裁判所の中だけの論理に憤りを感じます。

本件は、控訴して欲しいと思います。
上級審の判断が公理に沿ったものになるかどうかを見たいと思います。
| 政治、外交 | 16:53 | comments(1) | trackbacks(1) |
忍び寄る人生の終末
送信者 olympus

この頃は、同じ年頃の友人たちとのどの会合に出ても、元気の出る話はありません。
同じ年に大学を卒業した友人は、ある大会社に入りました。同期入社(男性)の4分の1が他界しているそうです。その話を聞いて、自分の入社した企業の同期生を調べてみたら、死亡率は22%でした。
74歳前後の男性死亡率は、20〜30%位なのではないでしょうか。

昨晩も、高校同期の仲間の会合に出ましたが、それぞれ衰えを感じているためか元気がありません。そこにいない人たちの話題で、人気者だった仲間二人が認知症になっているとの話がありました。
脳梗塞で寝たきりで数年経っている人もいます。
そのような普通の生活が出来なくなっている人を除くと、健常者は60%位になっているのではないかと予想されます。
その上、奥方に先立たれたり、病気の奥方を抱えたりの人もいて、夫婦揃った普通の家庭生活が出来ている人はさらに少なくなります。

一人が、
「新聞の死亡欄を観ていると、我々の歳も、収まりが良くなったね。」
と言いました。
そうなんです。死亡欄に出てくる人は、大部分知らない人ですから、私は、先ずその人の歳を見ます。70歳代が主役です。60歳代もいます。
80歳代、90歳代もいますが、平均すると80歳ちょっと手前程度な感じがします。

もう一人が、
「この仲間は、まだ全員がゴルフが出来るし、連れ合いも皆元気だから良いね。」
と言うと、皆がホッとしたように頷きました。
この仲間では、ゴルフから一番先に脱落しそうな私は、少し複雑な気持ちで聞いていました。

いづれにしても、突然にか、徐々にかは分かりませんが、残酷にも人生の終末が忍び寄ってきています。
なかなか億劫で手が着かないのですが、そろそろ終末のための準備もはじめなくてはならないと感じています。
JUGEMテーマ:健康


| 身辺雑話 | 13:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
49回目の結婚記念日
送信者 橘フォト8

昨日は、49回目の結婚記念日でした。

一昨日は、そう認識していましたが、土曜日午前中の合唱練習に遅れないように、朝が緊張でスタートしたため、そのことをすっかり忘れてしまいました。
13時に練習が終わり、遅い昼と夕飯の材料を買って帰りました。
家に着いた後、結婚記念日であることを思い出しましたが、妻も全く忘れていたようです(笑)。
そのまま、すき焼きとぼた餅のデザートで、庶民的な夕食を済ませました。

考えてみると、49年前は、この写真の花梨の花のイメージのように双方とも十分に若く、しかも未熟でした。
49年もの年輪を重ねたのは驚きです。
お互いにご苦労さまなことです。

二人とも揃って、まだ元気に暮らしていられることだけでも有り難いことだと思います。
あと一年健康でいて、ともに元気に金婚式を迎えたいと思います。

| 身辺雑話 | 20:45 | comments(2) | trackbacks(0) |
オペラ「ドン・ジョバンニ」とブラボーおじさん
送信者 橘フォト8

久しぶりにモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」を楽しみました。昨夜が、新国立劇場の初日でした。
モーツァルトのオペラは、中身が凝縮されていて、最高の娯楽ではないかと思います。

モーツァルトのオペラを観る度に思い出すのは、高2の頃のクラスメイトのK君のことです。昭和30年(1955年)のことですから、音楽を見たり聞いたりすることは容易ではない時代のことです。
ラジオはAM放送しかありません。ようやくLPレコードが出だした頃ですが、一枚2500〜3000円します。私立高校の授業料が年6600円だったと記憶しています。
私が、モーツァルトの交響曲40番の話をすると、K君は、
「君、モーツァルトの神髄はオペラだよ。」
と言うではないですか。
私は返す言葉もありませんでした。オペラを観たこともなければ、レコードで聴いたこともありません。
彼が、どうしてそのような結論を言うのか、全く理解できませんでした。

今や、未だ少し贅沢ですが、オペラが身近なものになりました。スーパーインポースの助けもあって、芝居として楽しめるようになりました。
そして昨夜のように、モーツァルトのオペラを観ると、何時も素晴らしい時間を過ごした、と感じています。それとともに、高2の時のK君の言葉を思い出すのです。その当時、このようなことが分かる音楽環境が、彼の家庭にあったのだとすると、凄いことです。

昨夜は、隣席の恐らく40代と思われる一人で来ている男性が、ブラボーおじさんでした。
アリアの後、間髪を入れずに
「ブラボ〜!」と叫びます。
指揮者の方が間髪を入れずに次に進んでしまうと
「ブッ」
と言いかけて止めます(笑)。
ある人が、これをTBSと呼ぶことを教えてくれました。
トウキョウ・ブラボー・サービスだそうです(笑)。
昨夜のオペラでは、日本人の役者も外国から招聘された役者に遜色なく活躍していました。ところが、このブラボーおじさんは、外国人の役者には必ずブラボーを叫びますが、日本人役者に対しては、決してブラボーと叫びませんでした。
これは人種差別ではないかと思いました(笑)。

このような人が隣にいると落ち着きません。
歌舞伎のように、舞台と客席が一体となった感じがあればともかく、とってつけたようなブラボーは迷惑です。
そもそも発音もアクセントも間違っています。
「Bravo!」
は、aにアクセントがあります。
日本人のブラボ−は、発音通りに書くと
「burabo-!」
このようになり、アクセントはoについています。とても同じ言葉に聞こえません。
舞台の人たちは、誰か日本語で叫んでいると思っていることでしょう(笑)。
そもそも最初のbrの発音が難しく、bとr(巻き舌)の間に絶対uを入れないで発音することが出来る日本人は多くありません。
私はこれが出来ません。サンパウロ滞在中に、正しいBrasilの発音が出来なくて苦労しました。

ブラボー撲滅運動でもしたいです。


| 音楽 | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 The Iron Lady
(wikipediaより)
16日月曜日のことですが、複数の友人から話題に出たので、新宿まで出かけて映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を見てきました。
あまり映画を見ない私ですが、印象に残る映画でした。

私たちは、サッチャー(1925年〜)政権下のロンドンに駐在していました。BBC放送で、何度ともなくサッチャー首相のスピーチを観たり聴いたりしたので、この主人公には親しみを感じていました。
リタイアーし、認知度が落ちた老いの身で、過去の政治家としての栄光と孤独な戦いの幻想を交えながら、家族を思う気持ちを表した映画でした。
主演女優のメリル・ストリープが、米国人でありながら、サッチャー役をしっかりとこなしているのには驚きました。姿形が良く似ていることはもちろんのこと、声がそっくりで、ピッチも同じようでした。(欲を言えば、サッチャーさんは、もう少し鼻にかかった響きでした。)
いつの間にか、メリル・ストリープがサッチャーに見えてしまいます。

英国は、第2次大戦で徹底的に疲弊し、戦後続いた硬直化した政治の結果、沈滞感の強い社会でした。英国病と揶揄されるような状況でした。
1979年、英国憲政史上初の女性の首相としてマーガレット・サッチャーが登場ました。
サッチャーは、多くの反対を押し切って、各分野の徹底的な効率化を進めて、英国の競争力を回復させました。
1982年には、戦争する余裕なぞないと思われていた中で、甚大な被害を受けながらも、アルゼンチンとのフォークランド紛争に勝利し、国民から喝采を浴びました。
ゴルバチョフをして、「鉄の女」と言わせた強い信念と意志と実行力を伴った政治家でした。
この時代、英国のサッチャーと並んで、米国はレーガン、西ドイツはコール、フランスはミッテランなど欧米は、大政治家の安定した政権が続いていました。

1990年、サッチャーは、EUには積極的ではなかったことや、地方税としての人頭税community chargeの導入の反対が強くなり人気が下降します。そして、保守党党首の座を明け渡して退任しました。

上流階級の出身ではないこと、男社会の政治の場で女であったこと、政治そのもので強烈な変革を実行したこと、そのような女の家族間の愛を描いたドラマでした。
やはり彼女は凄いと思いました。

ところで、二つほど感じたことがあります。
一つは、この映画の英語が良く聴けました。
ブリティッシュ・イングリッシュは、私たち英国経験者には有り難いです。
しかも、テーマが愛であり、政治であり、経済であったから、頭にある言葉で会話が構成されています。

もう一つは、サッチャーさんは、現在認知症を病んでいるそうですが、その発症が75歳位からのようです。
あれほど強かった人が、その歳でと思うと、そこに近づいてきている私にはショックなことです。
| 政治、外交 | 13:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/118PAGES | >>